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自転車をこいでコーヒー界に革命を/GOOD COFFEE FARMS

コーヒー豆の生産には、脱穀(パルピング)という工程がある。コーヒーの木から摘み取った果実の、皮と果肉を取り除く作業だ。通常は電気や燃料が必要な水洗式の脱穀機を使うが、2016年、世にもまれな“新型脱穀機”が誕生した。人力の自転車を動力源としたマシンだ。自転車と聞くと小規模で牧歌的に感じるが、この自転車式脱穀機が、コーヒー業界を大きく変えるかもしれない。   取材・文/田嶋章博 写真提供/GOOD COFFEE FARMS

水も電気も燃料も一切いらない脱穀機

開発したのは、GOOD COFFEE FARMS株式会社(本社:中央区八重洲)の代表取締役、カルロス・メレンさんだ。GOOD COFFEE FARMSは、グアテマラ産スペシャリティコーヒーを生産している会社である。   グアテマラ出身のカルロスさんは高校卒業後、旅行で訪れた日本をすっかり気に入り、18歳だった2000年に日本に移住。いくつかの職を経て、2011年にグアテマラ産の高級コーヒーを輸入する会社を立ち上げる。その後コーヒーづくりの見識を深め、2016年に自転車式脱穀機を使ったコーヒー生産を開始した。
左)GOOD COFFEE FARMS 代表取締役 カルロス・メレンさん 右)カルロスさんが開発した自転車式のコーヒー豆脱穀機。ペダルは全く重くなく、年配者でも無理なくこげる
自転車式脱穀機の特筆すべき点はなんといっても、従来の脱穀機で使う大量の水や燃料、電気が一切かからないことである。もちろんCO2も排出しない。なぜカルロスさんは、このユニークな脱穀機を開発したのか。その背後には、多くの人が知ることのない、コーヒー業界の“暗部”が横たわっている。カルロスさんはこう話す。   「グアテマラでは、コーヒー生産量の97%以上を、小規模農家が担っています。従来型の脱穀機は大型で高価なため、小規模農家のほとんどが買えません。そのため脱穀を行わず、付加価値の付かない果実のままで、非常に安い値段で売り渡します。それでは儲けなど出しようがなく、彼らの多くはとても経済的に困窮しています。   大きな儲けが出せるのは資金豊富で脱穀機が買える大規模農園で、実際にカフェで販売されるグアテマラ産コーヒーは、そうした大規模農園の名前が付いたものばかりです。したがって小規模農家は、いつまでも貧しいまま。最近はフェアトレードという言葉がよく使われますが、こうした現状を鑑みると、本来の意味から離れて使われているケースも多いのではないでしょうか」。   また流通には仲買人が何重にも入ることが普通で、彼らは各所から仕入れたコーヒー豆を一緒くたに扱うので、トレーサビリティ(※)もありません。したがって誰が栽培したかはおろか、どんな農薬が使われたか、極端に言えばそのコーヒー豆が盗まれたものかどうかも、きちんと把握できないことがザラです」。   ※製品がどこで作られ、どう流通したかを追跡できること
自転車式脱穀機以外にもGOOD COFFEE FARMSが現地で普及に取り組むのが日本式のビニールハウスだ。これまでコーヒー豆の乾燥は野ざらしで行われており、ゴミや泥が混入することも。ビニールハウスの導入によって温度管理と清潔な環境の両方を実現

小規模農家への対価を3倍に

加えてカルロスさんは、環境汚染についても言及する。   「コーヒー豆の精製に使用する水量は莫大です。そして精製により発生したぬめりやバクテリアをいっぱい含んだ排水は川に流され、周辺の環境とともに何百万人もの人たちに水を供給する水源に悪影響を及ぼしています。同じようなことは、他のコーヒー生産国でも起きています」。   こうしたコーヒー業界の裏側に大きく横たわる問題を、解決する嚆矢となるかもしれないのが、カルロスさんの自転車式脱穀機を使ったコーヒー精製プロセスだ。   この新しい脱穀機は、従来の脱穀機より遥かに安価なため、小規模農家でも導入できる。それにより農家は脱穀を行って付加価値を付けたコーヒー豆が売れ、これまでより大きな対価を手にできる。
左)コーヒー豆を取り除いた後の果皮もこれまで大量破棄され環境問題を起こしてきたが、同社ではそれを丁寧に処理し、甘くて美味しいお茶として製品化。コーヒーの果皮は、赤ワインの約10倍のポリフェノールを含むスーパーフードとして注目される 右)これまで捨てるだけだったコーヒーの木の廃材も、地元の職人の努力でトレーやコースター、箸などとして販売。蔦屋書店でも取り扱われた。お茶も木工製品も、生産農家の新たな収入源となる
あわせてカルロスさんは、プロジェクトに参画する小規模農家の生産体制を根本から強化することにも着手した。   「農家の営みをサスティナブルなものにするには、彼ら自身が私たちと一緒に成長する必要があると考えました。そこで、まずは彼らが生産したコーヒー豆を従来の3倍の価格で買い取ることで生活基盤を整え、そのうえでマニュアルを設けて品質管理を徹底しました。   たとえば、1日の初めに朝礼を行い、その日のスケジュールを確認する。 また、食品を製造する身として現場での飲食や喫煙、香水などを禁止する一方で、共通の制服や長靴、ヘルメットを用意しました。   制服は、白いものを採用したことで、汚れないよう丁寧に仕事をするようになりました。言葉は悪いですが、これまで多くの人たちが“奴隷”のような環境下で働いていたので、制服をとても喜んでくれました。特に女性は身なりにも気を配るようになり、『仕事に行くのが楽しみになった』という声も挙がっています」。
身なりを意識することで仕事が丁寧になり、意欲やチームワークも高まる。さらに、カルロスさんは日本で生活する中で感銘を受けた、職場におけるルールの徹底ぶりや、「がんばる」「あきらめない」精神もプロジェクトに採り入れているという

“三方良し”のコーヒープロジェクト

とはいえ、これまでルールのなかったところにルールを導入するのは、なかなか難しかったのではないか。   「農園のメンバーたちには、こう伝えています。このプロジェクトに参加して初めの3年くらいは結果も出ないだろうし、仕事もルールも増えるばかりだろう。そして3年経ったら、ものすごくいい結果が出るかもしれないし、まだ結果が出ない可能性もある。でも、今何もしなかったら、もう結果は見えているよね?   だってあなたのおじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんも、そしてこのままいけばあなたも子供も孫も、ずっと同じ生活をするのだから。でも、今はそれを変えるチャンスだ。だったらがんばるしかないじゃない、と。中には、ギブアップして辞めるメンバーもいます。でも多くのメンバーは、より良い未来を頭に描き、がんばっています。それがとても嬉しいです」。   そうして生産されるコーヒー豆の品質レベルは、とても高い。スペシャリティコーヒーとは、徹底した品質管理のもとで作られ、人による官能検査のスコアが80点以上の高品質コーヒー豆を指すが、GOOD COFFEE FARMSのコーヒー豆は現在、“TOP of TOP”と言われるレベルである90点に近づいている。   また仲買人を通さず、カフェなどの店舗に届けるまでの流通をGOOD COFFEE FARMSが一気通貫で管理し、収穫する時期やエリアなどのデータも毎日記録するため、トレーサビリティでもある。   さらに自転車式脱穀機を使った生産システムには、もう1つすばらしい“収穫物”がある。環境にとても優しいことだ。前述のように従来型の精製方法では河川や水源に大きな負荷がかかるが、水を一切使わない自転車式脱穀機であれば、その課題を劇的に改善できる。燃料や電気もかからない。   生産者にも、環境にも、そして高品質でトレーサブルなコーヒーを飲める消費者にも嬉しい。まさに“三方良し”だ。だから、サスティナブルでもある。   「自転車と聞くと、最初はみんな笑います。でも、これ1台で1シーズン(約4ヶ月)に、約17トン=1コンテナ以上の生豆を優に処理でき、それによって多くのメリットがもたらされると聞くと、みんな『GOOD!』『REVOLUTION(革命)だ!』と言ってくれます。Coffee Changing The World!(コーヒーで世界を変えよう!)。それが我々のミッションです」。
左)GOOD COFFEE FARMSのコーヒー豆やお茶、木工製品は、同社ウェブサイトで購入できる。それを買うことで、環境や生産農家にどれくらい寄与できるかも、数字で明記されている 右)2020年11月には沖縄に研究拠点を設け、コーヒー生産の専門家や大学教授らと共同で、世界中の品種や病害虫についての研究をスタートした

“授かったもの”を最大限に活かして生きよう

GOOD COFFEE FARMSによる“REVOLUTION”はまだ始まったばかりだが、ここにこぎつけるまでには多くの困難があったそうだ。   「最初は協力してくれる人がほとんどいなかったし、失敗もいろいろありました。お金に関しても、はじめの2年間は農家をサポートするばかりで、会社にも私にもお金は一切入りませんでした。だから愛車も売りました(笑)」。   そうした苦労をしてまで、事業を推し進める原動力はなんなのか。カルロスさんの胸には、こんな言葉が宿っている。   「スペイン語や英語のことわざに、『レモンを授けられたなら、それでレモネードを作りなさい』というものがあります。他の人に比べて、自分は天から少ししか授かっていないと嘆くのではなく、授かったものを最大に活かして生きていこうという意味です。私はグアテマラ人で、グアテマラと言えばコーヒー。私にはコーヒーがあるんだから、それでがんばろうと」。   そしてもう1つ、カルロルさんからよく発せられる言葉が「やるしかない」だ。   「結局、大成功する人としない人の違いは、『やるか』『やらないか』です。だから、やるしかない。お金も何もなくたって、やればなんとかなる。そう信じて動いています。   ありがたいことに、このプロジェクトの話をすると、多くの人が『私も買います』『うちの店で取り扱います』『いい人を紹介します』などとサポートしてくれます。そんなプロジェクト、なかなかないですよね」。   カルロスさんの熱意や人柄も手伝い、触れた人がどんどん巻き込まれていくプロジェクト。みなさんもGOOD COFFEE FARMSのことをより調べたり、人に話したり、実際にコーヒーを飲んだりと楽しく“巻き込まれ”ながら、同社が世界を変えていくさまを注視してみてはいかがだろう。
<関連サイト>
■GOOD COFFEE FARMS オフィシャルサイト
https://www.goodcoffeefarms.com/
■東京街人 sustainable記事一覧
https://guidetokyo.info/tag/?tagword=sustainable