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“プロトタイピング”を通じ、未知のプロダクトに命を吹き込む|Vanguard Industries

人間工学を活用した新感覚デスクトイ「fidget knob」や積層したフェルト製シートをめくることで高さや色合いを変えられる椅子「PAGES/Chair」など、未知のプロダクトをクラウドファンディングなどで次々と形にする「Vanguard Industries」。シティラボ東京を拠点に活動する同社は、大手企業と協業(オープンイノベーション)し、新たなものづくりに挑戦する日本発のハードウェア・スタートアップです。今回は、同社代表の山中聖彦氏に、「Vanguard Industries」のユニークなビジネスモデルとその可能性、そしてSGDsとの関わりなどについてお話を伺いました。   写真/後藤哲雄 構成・文/吉原徹

日本だからこそ生まれるイノベーションがある

———大手企業が持っているテクノロジーやアイデアなどのシーズを知的財産として預かり、自社事業としてプロトタイピングする。そして、クラウドファウンディングなどを利用して素早くマーケットに投下し、量産の可能性を評価する。そんなビジネススキームを持つ「Vanguard Industries」ですが、いわゆるデザインファームともコンサルティング会社とも異なるユニークなものづくりスタートアップはなぜ生まれたのでしょうか?   山中聖彦氏(以下、山中):私はこれまでコンサルタントとしてキャリアを積んできましたが、独自のビジネススキームを生み出したきっかけは、従来のコンサルティング会社やコンサルタント的な枠組みでは解決できない課題に度々直面してきたことにあります。たとえば、日本の大手企業では何年も前からイノベーションが必要と言われていて、企業もコンサルもそこを目指しているものの、なかなか実現できない。   その背景にあるのは、日本社会が持つある種の「失敗しづらさ」、つまり企業として挑戦のリスクを取りづらい状況にあるのではないかと考えていました。昨今は高度経済成長期と異なり、情報源はテレビや新聞などのマスメディアのほかSNSなどを含めて多様化し、ユーザーの需要を予測しにくい。そのため、企業は計画的に成長しづらい状況にあります。
たとえば、シリコンバレーのスタートアップが開発した「Fitbit」のようなウェアラブルデバイスを構想していた企業は日本にも複数ありましたが、結局どの企業も事業化にこぎつけることはできなかった。もちろん大企業として不確実性の高い分野にリソースを割くことは合理的な経営判断として難しいことですが、それでも「あとひと押し」があれば「Fitbit」よりも先にイノベーションを起こす可能性はあったと思います。このように、「社内での提案が通らなかった」、「市場規模の見通しが立たない」、「担当者の部署が変わってしまった」など、さまざまな理由でプロジェクトが止まり、世に出られないプロダクトや事業が実に多いのです。   「Vanguard Industries」を立ち上げたのは、スタートアップならではのスピード感を活かすことで、大企業の「あとひと押し」を補完できると思ったからです。具体的には、大企業の中で眠っているアイデアやテクノロジーのシーズを知的財産として私たちが預かり、自社事業としてプロトタイピングとマーケット実証を行う。つまり、大企業に代わって、事業をまず“スモールスタート”してみるわけです。そして、ある程度評価が定まったプロダクトやサービスについては、大手が持つ資金力や販路を活かしてスケールしてもらう。それが私たちのビジネススキームです。   未知の市場にいきなりリソースを投じるのは、大企業にとって様々なリスクがあり、社内での合意形成も難しい。しかし、スタートアップなら、小さなマーケットであっても種を蒔いていくことができる。これまではリサーチの結果「市場が小さいから」という理由でストップしていた事業化の壁を、プロトタイピングとマーケット実証を使って突破できればと考えています。
———既存の大企業とスタートアップの補完的関係でイノベーションを生み出すということですね。シリコンバレーなどでは、スタートアップが優れたサービスやプロダクトを生み出すことよって既存の産業をディスラプトすることもありますが、それとは異なるイノベーションの形ですね。   山中:そうですね。アメリカのスタートアップには、どこか一神教的な世界観があって、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのようなカリスマが突然現れることで世の中が劇的に変わっていくことがある。実際に、人々もマーケットも、そのようなストーリーを求めているんですよね。一方で、日本の場合は八百万(やおよろず)の神的な世界観というべきか、さまざまな個性が力を合わせることで共存型の社会が成り立っていると思います。このような価値観の違い含めて、やはり日本には日本社会の成り立ちの独自性や優位性を前提にしたイノベーションの形があるのではないかと考えています。   ———日本社会の独自性や優位性とは、どのようなものですか?   山中:まず、高度成長期に生まれた大企業が中心となって工業社会が成り立っていることです。先ほど大企業は「失敗しづらい」環境であると申し上げましたが、それでもやはり優秀な教育を受けた人が多いですし、長年にわたって積み重ねられてきた技術や基礎研究がたくさんあります。基礎研究が世に出るまでには、20年〜30年のスパンが必要だと言われていますが、その点で現代は高度成長期の基礎研究がちょうど実を結ぶタイミングです。大企業が連綿と築いてきた技術や研究を社会に実装していくことで、新たな価値を生み出すことができるはずです。   また、ものづくり産業の多様性と多層性も日本の強みのひとつです。日本には、自動車、バイク、コンシューマーエレクトロニクス……など、各分野で世界に名を知られる大企業がありますし、ものづくりの担い手もTier1(※)から町工場まで様々なレイヤーの企業が残っています。実はこのようにものづくりのプレイヤーがフルセットで揃っている国は、世界的に見ても稀な存在です。国内だけでさまざまな分野のものづくりに対応できることは、日本の大きな優位性ですね。   (※)製造業の場合であれば、メーカーに直接部品を卸す部品メーカーなどに当たる。一次請負業者とも言う。   ———事業領域を横断したものづくりにも期待が持てますね。   山中:はい。IoT(Internet of Things)という言葉が象徴するように、既存のプロダクトやサービスに対して新しい技術を実装することで、イノベーションが生まれていくケースが非常に多くなっています。ものづくり産業がフルセットであることは、新しい要素をかけ合わせたり、新結合を生み出したりする上で非常に良い環境ですし、世界的な競争力にもなるはずです。

テクノロジーを社会に実装し、持続可能な世界をつくる。

———大手企業との協業によって、これまで120ものプロジェクトを手掛ける「Vanguard Industries」ですが、最近はどのようなプロダクトに力を入れているのですか?   山中:ひとつは、「Ultimate Notification Device」というプロダクトです。これは、超軽量・薄型のIoTデバイスで、スマートフォンに届いた任意の情報を通知きます。   これはもともと大手通信会社が持っていた基礎技術をベースに、開発会社や金型や筐体の工場がアイデアを出し合ってブラッシュアップしたもの。非常に小型で安価なうえにスマートフォンとの双方向の通信が可能なので、汎用性が高い。たとえば、新興国の水産業の現場などでも応用できそうです。   ———水産業でどのように活用するのですか?   山中:保冷技術や交通網が整備されていない新興国では、漁師が獲った魚が消費者のもとへ届く前に傷んでしまい、売り物にならなくなることが少なくありません。しかし、もし「Ultimate Notification Device」を実装したクーラーボックスなどがあれば、簡単な操作で漁獲量や船の場所をリアルタイムで可視化することができる。消費者は「たくさん魚を獲った漁師さんが近くにいるから、届けてもらおう」と判断することができるようになります。一方、飲食店が「Ultimate Notification Device」を使用すれば魚の需要を可視化することもできる。つまり、食材を無駄にせず、効率的な売買が成立しますね。こうしたアイデアは農業にも畜産にも活かせるはず。現代の社会では新興国を含めて多くの人がスマートフォンを持っているので、「Ultimate Notification Device」が解決できる課題は多いでしょう。また、このプロダクトに限らず、プロトタイピングとマーケット実証を得意とする私たちのビジネススキームが、新興国の支援などに役立つと考えています。
Ultimate Notification Device (写真提供/Vanguard Industries Inc. )
−−−「Vanguard Industries」のビジネススキームをどのように役立てるのですか?   山中:これまで多くの企業が新興国に進出して技術移転などを行っていますが、そのスピードは決して速くはない。リサーチをして、駐在員事務所をおいて、会社を設立して……と、5年も10年もかけて進めていては、必要な支援が間に合わないことも多いです。しかし私たちなら、世界銀行や国際連合、UNDP(国際連合開発計画)などが定義するさまざまな課題に対して、大企業の技術を活用したプロダクトを素早くプロトタイピングし、実際に支援が必要な人たちに使ってもらうことができる。それである程度の効果を実証することができれば、企業は今まで以上に効率的に新興国支援に取り組むことができるはずです。テクノロジーの力を活用し、持続可能な社会をつくっていくこと。それも私たちの役割です。
———最後に「シティラボ東京」を活動拠点に選んだ理由を教えて下さい。   山中:やはり地理的な優位性は大きいですね。「Vanguard Industries」の事業モデルは、さまざまな企業とのネットワークやコミュニケーションによって成り立っているので、周辺に大企業の本社が多く、ものづくり企業がある地方へも足を運びやすい東京駅近郊はベストなロケーションです。また、「シティラボ東京」という場を使って私たちの取り組みを発信することで、社会課題の解決やテクノロジーの社会への実装を知ってもらえるという点も魅力です。今は私たちも含めSDGsというアジェンダに対してなにか貢献したい、という企業が多いので、その意味でも良い循環が生まれていると思います。   【プロフィール】
IBMビジネスコンサルティングサービス株式会社(現日本アイ・ビー・エム株式会社)にてコンサルタントとして企業に対する新規事業開発、企業統合、BPRなどのプロジェクトに従事した後、2012年に新規事業開発の支援を事業領域とするトランスフォーメーションイニシアティブ株式会社を設立。大手企業等を対象にM&A、新規事業開発を中心とした戦略コンサルティング、自己投資を含む事業開発など、様々な業種業界における価値創出のビジネスを行う。
  2016年にVanguard Industries 株式会社を設立。日本、⽶国、シンガポール、東南アジア新興国における自己投資、会社設⽴を伴う事業開発、官⺠ファンドとの協業、政府関連のプログラム実施、財団研究員としての新興国における官⺠パートナーシップ構築など、様々なプロジェクトに携わる。