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【Event Report by ハーチ】Tokyo Meets Doughnut 〜ドーナツ経済学で東京の未来を考えるワークショップ〜

IDEAS FOR GOODを運営するハーチ株式会社とシティラボ東京による共同開催の「Tokyo Meets Doughnut 〜ドーナツ経済学で東京の未来を考えるワークショップ〜」が3月5日にオンラインで開催されました。当日は、ドーナツ経済学に関する基本的なインプットから、オランダ・アムステルダムを中心とした先進事例の紹介、ドーナツ経済学のフレームを東京へ応用するところまで、盛り沢山の内容を60名以上の参加者と共有しました。熱気に溢れた当日の様子をレポートします!

講師紹介

Karn Spydar Lee Bianco氏 / Doughnut Economics Action Lab デジタル&コミュニケーションリード Karn氏 オンラインコミュニケーションやソーシャルメディアの運営責任者を務める傍ら、Doughnut Economics Action Labのウェブサイトやコミュニティプラットフォームの開発を行う。前職では、プログラマーとしてゲーム開発に携わった経験を持つ。現在は、ゲーム産業、テクノロジー、気候変動などの分野においてフリーランスのライターとしても活動。リジェネラティブな経済システムへの移行を目指した現実的なステップを考案し、化石燃料のダイベストメントキャンペーンにも関わっている。また、英国初・ゲーム産業の労働者の権利向上を目的とした労働組合の設立にも携わった。   Ilektra Kouloumpi氏 / Circle Economy シニア・シティ・ストラテジスト Ilektra氏 Kate Raworth氏が提唱したドーナツ経済学を都市レベルに落とし込み、変革に向けた具体的なツールへと転換するためのThriving Citiesチームの責任者も務める。Circle EconomyではCircle City Scansチームの責任者も務め、欧州・米国・アジアの各都市と協働しながらサーキュラーエコノミー戦略の実行およびパイロットプロジェクトの展開に携わった。前職ではTU Berlinにてスマート・サステナビリティ都市に関するリサーチプロジェクト、ブリュッセルにあるBuildings Performance Institute of Europeにて建築分野に関するEU政策のリサーチプロジェクトに従事したほか、アムステルダムのArupにてサステナビリティ・建築エンジニアとしての勤務経験も持つ。  
加藤佑 / IDEAS FOR GOOD編集長
Ilektra氏
1985年生まれ。東京大学卒業後、リクルートエージェントを経て、サステナビリティ専門メディアの立ち上げ、大企業向けCSRコンテンツの制作などに従事。2015年12月に Harch Inc. を創業。翌年12月、世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」を創刊。現在はサーキュラーエコノミー専門メディア「Circular Economy Hub」、横浜市で「Circular Yokohama」など複数の事業を展開。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー資格保持者。

【第一部】ドーナツ経済学を学ぶレクチャー

第一部では、IDEAS FOR GOOD編集長の加藤からドーナツ経済学に関する基本的なレクチャーをしたのちに、イギリスに拠点を置くDoughnut Economics Action Lab(以下DEAL)、そしてオランダに拠点を置くCircle Economyから、ドーナツ経済学の最前線について伺いました。第一部最後には、3名のパネラーとともに、東京にドーナツ経済学を応用する議論を深めました。

ドーナツ経済学とは何か?

ドーナツ経済学とは「地球の限られた資源の範囲内で全ての人々の社会的公正を実現」しようとする考え方。イギリスの経済学者ケイト・ラワース氏によって提唱されたものです。 加藤:この輪っかによる考え方がまさに、「ドーナツ」と言われる所以です。ドーナツの外側はEcological Ceiling、つまり環境的上限を表しています。項目としては「気候変動」「海洋酸性化」などです。このドーナツ部分を超過すると、地球の資源が減り、環境が損なわれてしまいます。ドーナツの内側の円はSocial Foundation、つまり社会的土台を表し、項目としては「食料」「教育」など。人々が健康で文化的な生活を営むためには、ドーナツ部分の内側にもはみ出さないようにしなければなりません。ドーナツ経済学が目指すのはその真ん中に私たちの活動を収めていくことです。
レクチャーの様子
加藤:ドーナツ経済学のポイントは、地球の資源の範囲内で社会的な公正を実現することが難しいという点です。リーズ大学のデータにあるように、一般的な傾向として「社会的な公正を満たそうとすると環境負荷の高い暮らしになる」ということが分かっています。それでは、どのようにドーナツの中に収まっていけば良いのか。ドーナツ経済学というコンセプトをどのように都市のレベルにダウンスケールしていくのかがポイントになってきます。 DEALのホームページには、アムステルダムだけではなく、グラスゴー、バルセロナ、クアラルンプールなど世界各国の都市での活動が記載されています。 加藤:ドーナツのモデルの優れたところは、どんな小さなコミュニティの単位でも適応できるということです。日本、東京、渋谷区……そして最終的には家族の単位でもドーナツを使って、繁栄したイメージを描くことができるようになっています。 2019年以降は新型コロナによって、私たちの生活が大きく変化しました。ウイルスの蔓延によって様々な社会の前提が覆った現在も、ドーナツ経済学は新たな示唆を与えています。 加藤:新型コロナからの復興において、経済だけではなく環境や社会もよりよくしていこうとする「Build Back Better」という概念がありますが、この動きもドーナツのモデルを使うと説明しやすいなと思います。例えば日本やオランダのような先進国では、コロナ前は環境的上限を超えていた状態だったのが、コロナにより経済活動がストップしたことでCO2排出量も削減され、一時的にドーナツの円の内側に収束しました。 しかし、そこでは「思うように外出できない」「企業が倒産する」「失業者が増える」など社会的土台が損なわれ、ESG投資の世界では「S」に注目が集まりました。いま再び経済は動き出していますが、アフターコロナの時代にはそこからまたドーナツの外にオーバーシュートするのではなく、ドーナツの輪の中に収まるような施策を練っていこうとするのが、「Build Back Better(よりよく戻る)」の考え方だと説明できると思います。
レクチャーの様子
逆に、フロンティア諸国のようにもとからドーナツの内側にショートフォールしていた国にとっては、コロナ後も引き続きさらなる経済成長により社会的公正の実現を目指す必要がありますし、最初からドーナツの枠の中に収まっていた国は、”Better”というよりも元にいた場所に戻っていくことが重要だと言えます。このように、リカバリーの方向性はその国の現在地によって異なるということがポイントかなと思います。

ドーナツ経済学を各都市で推進するDoughnut Economics Action Labの活動

Doughnut Economics Action Lab(DEAL)とは、英国に本拠を置き、ドーナツ経済学を実践に移すことを目的として2019年7月に設立されたグローバルネットワークです。2020年9月にはオンラインプラットフォームをローンチし、2021年2月時点で4,000名以上の個人が登録。ロンドンやブリュッセル、クアラルンプールなど世界各地でローカルネットワークが立ち上がっています。 Karn氏:現在DEALが取り組んでいるプロジェクトで最も大きなものはDEALのコミュニティプラットフォーム作りです。このオンラインプラットフォームでは、世界中のコミュニティメンバーが、ドーナツ経済学の実践事例をシェアし、コネクションを作っています。DEALはワークショップなどで使えるツールを無料で提供し、メンバーが使えるように環境を整えています。
DEALのプラットフォーム
DEALは無料のプラットフォームを公開しており、誰でもそこに参加することができる。ただし、DEALコミュニティにはいくつかの原則があり、メンバーはそれを理解することが求められるという。 Karn氏:ドーナツ経済学に興味がある人は誰でもDEALにウェルカムではありますが、現時点でビジネスはそこに入れないことになっています。また、DEALのツールは無料で提供されますが、コミュニティメンバーにはそれを使って得たものを、プラットフォームのページに書き込むなどして、なるべくDEALに還元してほしいと思っています。それはコミュニティメンバー同士で情報をシェアすることが、また新しい価値を生んでいくと考えているからです。
現在DEALは現在、コミュニティとアート、教育と研究、ビジネスと企業、政府と政策などの分野に分かれて活動しています。これからDEALはそれぞれの分野のスペシャリストを増やし、より実践的なプロジェクトを進めていこうとしています。DEALは決してドーナツ経済学を押し進めようとする組織ではありませんが、ドーナツ経済学に興味を持ち、これから花咲こうとしているコミュニティに対しては、なるべくサポートの手を差し伸べていこうと思っています。

ドーナツ経済学とアムステルダムの歩み

Circle Economyは、オランダ・アムステルダムに本拠を置くサーキュラーエコノミー推進機関。アムステルダム市のサーキュラーエコノミー政策立案に深く携わるだけではなく、C40、DEALなどの他機関と連携してドーナツ経済学をモデルとした都市づくりを推進するThriving Cities Initiaveを設立し、アメリカのポートランドやフィラデルフィアでもパイロットプログラムを展開している。 Ilektra氏:Circle Economyの目的は、サーキュラーエコノミーを街に根付かせること、また実際に街で起こっている問題に働きかけることで、実践的なアドバイスをすることです。組織のメンバーは50名ほど、出身国は25ヵ国以上で、国際的でダイナミックなプロジェクトを展開しています。
Circle Economyレクチャーの様子
今年は新型コロナによって私たちみんなが「新しい日常」を経験しました。また、ウイルスだけではなく気候変動や災害などの変化も私たちに迫ってきています。その中で、私たちが本当に健康的でいられる状態とはどんなものか、どうすれば自然と一つのシステムになれるのか、模索しています。多くの人が、「際限ない経済成長」は可能なのか、世の中の1%の人々が世界の富の半分を保有する世の中が、本当に私たちを「繁栄させる」のか、疑問に思っているはずです。 そこで、Circle EconomyはDEAL・C40 cities・KR Foundationとともに、Thriving Cities Initiativeを始動させました。アムステルダム、フィラデルフィア、ポートランドにて、パイロットプロジェクトを走らせています。 Ilektra氏:ドーナツ経済学の示す視点を都市にダウンスケールする際には、全体論的な視点を忘れてはいけません。社会と環境にどんな影響があるのか、そしてグローバルとローカルの双方にどんな影響があるのか。あらゆる視点から都市を見つめることが大切です。プロジェクトを進める上で、私たちはいつも下記の問いを大切にしてきました。
アムステルダムは、全ての人々のウェルビーイング、そして地球の健康を尊重しながら、どうすればこの繁栄している場所で、繁栄する人々のホームとなることができるのか?
この問いを前提に作られたのが、City Portraitなのです。
Image via Circle Economy
Ilektra氏:実際にドーナツ経済学を都市に実装していく際には、異なるチェンジメーカーを集めて、つなげていくことが大切です。私たちはドーナツ経済学を、課題を整理するためのツールとしても使いましたし、個別のプロジェクト同士の関連を見つけるためのツールとしても使いました。アムステルダムのケースでは、結果的に150名以上の専門家が集い、都市の戦略を考えるに至りました。 そしてできたのが、アムステルダムの サーキュラーエコノミー都市戦略2020-2025です。その都市戦略の中で特に注目したのは、「食品・バイオマス」「消費財」「建設」の分野でした。例えば「消費財」の分野では、地域製造業社のコミュニティを作りローカルな商品の循環型の流通を促すプロジェクトや、地域の女性を雇用して厚いカーテンを縫ってもらい、建物の断熱を狙うイニシアチブなどが立ち上がっています。 ドーナツ経済学を都市に実装するときに、最も重要になるのはドーナツの中でどんな都市を形成していくのかという問いに答える「ストーリー」です。皆がその一部になりたいと思えるような、共通のストーリーや新しいナラティブを作り上げることが重要になってきます。

東京はドーナツ経済学と出会えるか?

DEALとCircle Economyによってドーナツ経済学の最前線を教わったあとは、東京での応用についてパネリストの3名(三谷繭子氏・増田拓也氏・中裕樹氏)と考えました。モデレーターはIDEAS FOR GOOD編集長・加藤佑が務めています。
加藤:それぞれ異なるレイヤーで都市を見ているパネリストの方に集まっていただきましたが、仮に今後「ドーナツ経済学を東京でも進めていこう」という流れになったときに、どんなことが課題になってくると思いますか。 三谷氏:コミュニティマネジャーとして活動していて思うのは、実際その参加者に「サステナブルな都市をつくっていくんだ」という実感を持ってもらうことが難しそうだということです。どのように同じ方向を向いていけるか、その方向を皆が信じられるかということですね。 増田氏:多様なステークホルダーにドーナツを取り入れる旨味を説明するのが重要かつ大変そうだなと思います。そのためには、ボトムアップだけではなく、行政などトップダウンのアプローチも必要なのかなと思いました。私自身が仕事で扱っているスマートシティも同じで、「誰もを幸せにする」コンセプトを、いかに自分ごと化してもらえるかが大事です。
Image via Unsplash
中氏:東京は右肩上がりの成長を前提としてきた側面が大きいと思いますし、デベロッパーとしてのまちづくりも、そうした前提に立っていたことが多かった気がします。「あの街には負けるな!」という意識でやっていることもありますが、それって本当に皆が幸せになるんだろうか。そのようなことを、絵を見せながら問うていくのも大事なのかなと思います。 加藤:皆さんありがとうございます。私たちもドーナツ経済学が正解だというよりも、ドーナツ経済学を正解を探すためのレンズとして使うことで、よりよいまちづくりを模索していけると思っています。このディスカッションは「東京とドーナツ経済学は出会えるか」というテーマですが、ただ出会う・出会えないというよりは、より良い出会い方を考えるのが大事だと思うんですよね。東京独自のプロセスはどんなものになるといいと思われますか。 増田氏:地球環境のことを考えると東京とドーナツ経済学が出会う時期がいずれ来ると思うのですが、80万人都市のアムステルダムと、1400万人都市の東京では方法が変わってくるはずです。まずはエリアを絞り、小さくパイロットプロジェクトを始めて、少しずつ動きを大きくしていくのがいいのかなと思います。 三谷氏:小さく始めるのもいいと思いますし、逆に少し大きな力で引っ張っていってくれる自治体を見つけてトップダウンのアプローチを取るのも手かなと思いました。そうすると、都市のファクトをデータで把握することもでき、ドーナツのビジョンをより明確に描けるのではないかと思います。 中氏:スケールを様々に捉えていくのもいいかなと思いました。東京都心だけで考えると、オーバーシュートばかりに目が行き、我慢することばかりにフォーカスされてしまうかもしれませんが、例えば八王子など農家の方がいる地域もありますよね。そのように地域の循環を広く捉えて、ドーナツの中に活動を収めていく工夫も必要なのかなと思いました。

【第二部】ドーナツ経済学を東京に応用するワークショップ

第二部では、実際に東京が抱える4つの課題「食品ロス」「衣類のバリューチェーン」「空き家」「オリパラ施設」をドーナツ経済学のフレームで整理し、それらを資源と捉えたときの活用方法をグループに分かれて議論しました。
使用したフレームはCircle Economyによる「シティポートレートキャンバス」を参考にしたもの。縦軸に「ローカル」「グローバル」、横軸に「社会」「自然環境」を取り、「ローカルの社会」「グローバルの社会」「ローカルの自然環境」「グローバルな自然環境」というそれぞれの視点から、東京の持つ問題や資源を見つめます。 当日、実際に「シティポートレートキャンバス」を使い、参加者から出たアイデアは以下のようなものでした。    
【Group1】食
  • 需要予測の精度を上げ、どの店にどれほどの商品を置くかを決定することで、食品ロスを減らし、グローバルな輸送のコストも下げる。
  • 1日100食限定のレストランを開くことで、食品ロスの出ない仕組みを作る。
  • コンビニなどで商品がぎっちり陳列している状態を美しいとする価値観自体を変える。そうすると、必要な量だけが流通するようになる。
  • コンポストすることで、海外から肥料を輸入しなくて済むようにする。
  【Group2】消費財(衣類)
  • 不要になった服を「東京の服」としてブランド化して集め、セカンドハンドマーケットに出品する。
  • できる限り、国内生産で補うようにする。
  • 海外で生産されたものにはフェアプライシングを導入する。
  • 住宅の精度を高めることで洋服をたくさん着込まなくても問題ないようにする。
    【Group3】空き家
  • 空き家をリビングラボ化し、海外の人や高齢者も何かあったら集える場所にする。
  • 東京は人や建物が密集しすぎているため、災害時用にあえてそのまま何も建てずに空き地として取っておく。
  • 家にあった木材・花・食器などはリユースする。
  • 東京らしい景観として空き家を残したまま、リノベーションしてホテルなどとして活用する。
    【Group4】オリンピック・パラリンピック施設
  • 空港に近いショールームとして、環境負荷を下げる取り組みやサーキュラーエコノミーを実験できる場にする。
  • 選手村は難民キャンプとして活用する。
  • 地元の人が運動できる場所として開放する。運動すれば発電できる仕組みなどを整え、「住めば住むほどエコな街」に。
  • アマモを育て、東京湾の水を綺麗にする。
    また、参加者からのアイデアをグラフィックレコーダーに記録してもらいました。「豊かさとは何か?」という根元的な問いに向き合い、新しい東京のイメージが膨らむ時間となりました。
Illustration by Miki Natori