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【Event Report】パーパスモデルで紐解く持続可能なまちと事業のつくり方『パーパスモデル』出版記念トーク

書籍『パーパスモデル』は、ステークホルダーとパーパスを可視化するモデルを使い、多様な人・組織の巻き込み方、全員が賛同できる目的のつくり方、活動のスケールアップ手法を、多数の事例で具体化する実践ガイドです。今回は “パーパスモデル”の開発者である吉備さんと、下北沢BONUS TRACKを手掛ける小田急電鉄の橋本さん、フォルク/シモキタ園藝部の三島さんも加わって、書籍でも取り上げられている下北沢の開発に着目し、共創プロジェクトの成熟とパーパスの変化を探りました。(2022年9月21日実施、参加者数約40名)

■ベーストーク 『パーパスモデルで紐解く持続可能なまちと事業のつくり方』|吉備友理恵さん

▼共創プロジェクトとパーパスモデル

吉備さんは日建設計イノベーションセンターに所属し、「組織を開いていこう」という企業目標のもと、社内外の人を繋いで共創プロジェクトを推進する立場にあります。「ありたい未来を誰かに任せるのではなく、“わたしたち”で共に変化をつくっていける社会」を目指し、その手段としての“共創”に取り組む中で、共創プロジェクトをモデル化して誰もが使える形にできないかという視点からパーパスモデルが生まれました。(パーパスモデルの詳細はこちら⇒https://note.com/kibiyurie/n/n241fd7596e9a?magazine_key=m41d8fa2c86c2

▼なぜパーパスモデルが必要なのか

社会課題が複雑になった今、多様な人がそれぞれに頑張るのではなく、一緒に頑張っていこうという時代が来ています。立場が違うと違う国の人のように言っていることが理解できないことがありますが、そういうときにこそ共通言語としてパーパスモデルが活躍します。SDGsは世界の共通目的と謳っていますが、個人からすると大きすぎて目的化しにくいと感じる人もいるでしょうか。目的にも階層性があって、社会の目的と個人の目的を繋ぐものが必要で、それが示せるのがパーパスモデルです。また、最近は個人の想いを可視化したり、誰かと共有したりするタイミングが少ないと感じる人もいるようですが、想いを共有するツールとしてもパーパスモデルが有効です。「パーパスモデルは、色々な立場の人が関わるプロジェクトのコミュニケーションのツールと捉えて欲しい」と語る吉備さん。下北沢BONUS TRACK(如何、ボーナストラック)はパーパスモデルでどのように紐解けるでしょうか。

▼パーパスモデルで紐解くボーナストラック

パーパスモデルは、共創になっていない時と共創した時の比較する使い方、複数事例を並べて共通項を見つける使い方などがあり、ボーナストラックでは時系列で変化を見せる使い方をしています。ボーナストラックを含む「下北線路街」という事業は、小田原電鉄(以下、小田急)の地下化に伴い創出された地上部分の開発プロジェクトですが、従来の開発と異なり、住民や店舗オーナーを巻き込んでボトムアップで場を創出していったことが魅力です。「これからの共創は、なんとかしたいという想いの共有から初めて、研ぎ澄ましながら人を巻き込んでいくプロセスが大切」と吉備さん。「初期」「転機」「現在」「未来」の4つのモデルを並べると、関係者が増えていくこと、モデルがカラフルになり属性が増えていることなどがわかり、書籍執筆時以降である2022年現在のモデルではシモキタ園藝部が一般住民から法人化していることが分かります。

■話題提供1『橋本さんから見たボーナストラックとは?』|橋本崇さん

小田急電鉄(以下、小田急)の下北沢駅・世田谷代田駅・東北沢駅が複々線化に伴い地下化されて生まれた1.7km、25000㎡の土地の開発「下北線路街」が2022年5月に全面オープンしました。この土地の開発を2017年7月〜5年間担当してきたのが橋本さんです。今回トークテーマに取り上げたボーナストラックは、下北沢駅〜世田谷代田駅の真ん中にあります。 ボーナストラックの開発コンセプトは“自治と余白”。一般的な商業施設は開業時がピークですが、ボーナストラックでは地域の人やプレイヤーがチャレンジできる余白を残して、開業時の完成度を80%くらいの感覚に設定しました。開業当時は長屋と舗装のみで殺風景でしたが、長屋の入居者が好きにできる余白を残して引き渡したらどんどん賑やかになっていったとのこと。オンライン化も進みつつあり自宅中心の生活になる未来を想像していたところでコロナ禍に突入、個人オーナーや地域でチャレンジしたい人をターゲットとした開発は一気に時代とマッチしたものになりました。「80%から始まって、今は120%くらいじゃないかな」と橋本さんは嬉しそうに語ってくださいました。

■話題提供2『三島さんから見たボーナストラックとは?』|三島由樹さん

シモキタ園藝部(以下、園藝部)は、2019年から始まった、「まちの緑を自分たちの手で自治のものとして育てていく」活動です。園藝部の共同の代表理事を務める三島さん、下北線路街には、線路街全体のランドスケープデザイン、「下北線路街 空き地」のデザインにもフォルク(ランドスケープデザイン事務所)として携わってらっしゃいます。目指すのは、「緑と人が関わり合う、まちの新しい園藝文化をつくること」。植物をいかに活かすかを園藝部らしく考えていくため、循環に着目しました。園藝部の活動は、「植える」「育てる」「活かす」「還す」のサイクルを軸としており、植えて育てるだけではなく、育った植物を活用し、通常は廃棄物になる落ち葉なども土に還すことに拘っています。 2021年に一般社団法人シモキタ園藝部として再スタートした園藝部の活動ですが、ピラミッド型ではなく何でもみんなが参加できる組織体を意識しているそうです。理事や社員は園藝部に出資をすることを原則としており、ライトに関わりたい人も受け入れて、関わりのグラデーションを大事にしています。 2022年の春には園藝部の拠点、NANSEI PLUSが完成しました。園藝部がメインで小田急から受託している事業は「植栽管理事業」ですが、「拠点運営事業」として飲食やコンポストなど、「コミュニティ運営事業」として会員管理やイベント企画などを行っています。園藝部の事務所にはワークショップスペースや園藝部で育てたハーブを使ったハーブティーなどを提供するティースタンドもオープン。デザイナーが答えを持ってみんなに付いて来てもらうのではなく、一人一人が園藝部にどう関わりたいかを最大限引き出しながら今の活動を作り上げています。
現在部員の数は150名にまで登っており、ゆくゆくは周りに暮らしている人全員が園藝部になって、まちの人が当たり前のように緑を育てるような暮らしの風景を目指しています。一番のお客さんは虫取り網を持った子供たちとのこと。「街中にこんな場所があって嬉しいと、お母さんたちが言ってくれるのが自分も嬉しい。」と、三島さんはこれまた嬉しそうに語ってくださいました。

■クロストーク

これまでの話題提供を踏まえて、時系列のパーパスモデルで見える化されたボーナストラックのステークホルダーや関わる人の想いの変化と、モデルには表し切れないプロジェクトの裏側を探りました。

【テーマ1:共創プロジェクトの成熟とパーパスの変化】

▼パーパスの共有の仕方

橋本さんが下北線路街のプロジェクトに参画した当時は反対運動が起こっていたが、改めて耳を傾けてみると、反対ではなく自分たちのまちの変化に参加したい人がほとんどだったそうです。そんな時、緑を増やしたいという話が上がり、緑が共通のパーパスになるとみんなの議論が豊かになることに気がつきました。住民が「我々に任せてくれ」と意欲的な姿勢を見せてくれたタイミングで三島さんも加わり、園藝部の活動は動き出しました。

▼パーパスモデルによる可視化

橋本さんは、何かこの状況を整理する方法はないかと考えていたところでパーパスモデルに出会ったそうです。ボーナストラックのパーパスモデルは上側(共創に関与するステークホルダー)から下側(主体的な共創パートナー)への滲み出しがすごく特徴的だと吉備さんは分析します。プロジェクトの中で誰がどのように主体的にしていったのかがモデル化できていますが、一方で、裏側にはモデルで表しきれていないたくさんのストーリーがあることも見えて来ました。

▼共創プロジェクトの成立

なぜボーナストラックでステークホルダーが増えるかというと、参加者が明確な役割を持ったからであることが見えて来ました。デベロッパーが全てを担うのではなく、パーパスを共有できた担い手に緑や商業などの専門分野を任せたことがポイントです。代表がいて、そのビジョンに付いて行くのではなく、ビジョンを持ったたくさんの人の集まりを作ること、そのビジョンや関わり方にグラデーションをつけることが持続可能な事業の心得のようです。

【テーマ2:パーパスモデル×ビジネスモデル図解 〜共創プロジェクトの裏側〜】

パーパスモデルで想いを共有しながら一緒に作っていく過程で、事業性をどう考えているかという課題に自身もぶち当たることがあるという吉備さん、今回は共著者の近藤さんも参加してボーナストラックを“ビジネスモデル図解“でも解説くれました。(ビジネスモデルの詳細はこちら⇒https://note.com/tck/n/n95812964bcbb)

▼ビジネスモデルで見るボーナストラック

ビジネスモデルで図解してみると、一番価値を届けたい相手は、一般商業施設では買い物客であるのに対して、ボーナストラックでは地域住民であることが見えてきます。駐車場により安定的な収益を確保していることも特徴的で、収入の軸をつくることで店舗の賃料を抑え個性的なお店を入れたりすることが可能になっています。また、一般的な商業施設よりもモデル上の矢印(モデル上で行動やお金の動きを示す記号)が多く生まれているのも特徴です。 ボーナストラックは儲かっているのか?とよく聞かれるという橋本さん、儲かっていないから面白いことができると思っている人が多いようですが、実は普通の商業施設よりも利益としては高いそうです。賃料は抑えていますが、入居者が自主的にたくさん活動するので販促費は不要となり、緑の管理は園藝部に委託していますが、一般的な植栽管理よりもコストが落ちているそうです。入居者や地域でイベントを開催しているので小田急として仕掛けるイベントも必要なく、賃料等の安さを上回るくらい経費が下がっていることがプロジェクトの裏側にありました。

▼ビジネスモデルで見るシモキタ園藝部

園藝部のビジネスモデルは「コミュニティ醸成時」→「一般社団法人発足時」→「活動拠点取得時」の3段階で変化しており、段階が上がるにつれて相互の矢印が増えていることが特徴として現れました。「コミュニティ醸成時」には小田急とFOLKがリスクをとって植栽管理の仕組みをつくっていることが分かります。「一般社団法人発足時」では、小田急から支出している植栽の管理コストが下がり、一般社団法人から事業運営の矢印が増えたことが分かります。 一方で、小田急から支出するコストは下がっているものの、ボーナストラックに関わっている小田急担当者のコミュニケーション量は計り知れず、実際のところは「エリアを良くしたい、暮らしを楽しくしたい」という想いを小田急と園藝部の間で共有できたことが成果であることが見えてきました。 「活動拠点取得時」には、植栽の管理事業だけではなくて、緑に関連する商品が増えたり、エコガーデーナー人材を育てたり、サービスが多様化・複層化しているのがわかります。「うまくいっていそうなモデルだけど、ビジネスを初めて半年、ハーブティーなどの商品も雨の日に売れないこともあり、実体としては悩む日々。」と三島さん。ビジネスとして本気で取り組んでいるからこそみんなで本気で悩める、自分たちの手でという気持ちになれることが分かりました。

■まとめ

「持続可能なまちと事業のつくり方」というテーマでボーナストラックのリアルなお話と共に紐解いてきた今回のトークセッション、パーパスモデルの構成要素でもある“役割”と“目的”がキーであることが改めて確認できたように思います。基盤事業を動かす橋本さんは事業に係る人たちが役割を見出せる“余白”を残し、植栽事業を動かす三島さんは参加者に関わり方のグラデーションを与えました。 最後に吉備さんより「正解を求めるのではなく、分かり易く価値を伝えるためにパーパスモデルを活用してほしい。」というメッセージが。余白やグラデーションに包まれた一見表現しにくいものの可視化で道が開けた一事例を掘り下げることができました。ぜひ書籍もお手に取ってパーパスモデルで紐解かれた事例の数々を新しい角度から観察してみてください。