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【Event Report】産業リノベーション時代の空間とビジネス #1醸造所のリブランディングと町興し

2023年9月6日、「産業リノベーション時代の空間とビジネス #1醸造所のリブランディングと町興し」と題して、吉乃川株式会社の川上麻衣さん、ミライ発酵本舗株式会社の斎藤篤さんをお招きした講演・トークセッションを行い、現地・オンライン合わせて37名が参加しました。なんとこのうち現地参加者が30名!会場での集い、懇親を楽しめる世が戻ってきたことが嬉しいですね。  

さて、「産業リノベーション時代の空間とビジネス」はシティラボ東京にて新しく企画したトークセッションシリーズで、今回が初開催です。「産業リノベーション」とは「各種産業による事業を持続可能にするための新たな取り組み」を指す造語ですが、詳細については下記のキックオフレポートをご覧ください◎ https://citylabtokyo.jp/article/2023/08/30/sangyo-renovation/

第1回の「醸造所のリブランディングと町興し」では、酒・味噌・醤油などを醸造する蔵元が6軒残る新潟県長岡市の宮内・摂田屋エリアを対象として、酒蔵のリノベーションや新たな事業の展開に励むまちづくり会社(ミライ発酵本舗株式会社)と蔵元(吉乃川株式会社)からお話を伺いました。歴史を誇る蔵元等による、現代のトレンドを捉えた新規事業展開や、地域住民や来街者の集いの場づくりについて振り返っていきましょう。

1.「変わらないために、変わっていく」歴史を誇る蔵元のチャレンジ

吉乃川の川上さんからは、時代の流れやコロナ禍を経て変わってきたお酒の飲み方を踏まえた吉乃川の新しい取組を中心にお話頂きました。吉乃川は、新潟県長岡市の摂田屋にて、470年という長きに渡り酒蔵を営んでおり、地域の水や気候に助けられ、地元の方に親しまれる味を現代まで繋いできました。創業家を指す「蔵元」という言葉がありますが、次期社長となる20代蔵元の姉にあたる川上麻衣さんは2018年に故郷に戻り主に広報を担当しています。

▼長岡市摂田屋の歴史と日本酒

長岡市は周りを山で囲まれた盆地で、夏は全国ニュースになるほど暑く、冬は一面雪に覆われて曇天がほとんど。山に積もった雪が春になると川に流れ仕込み水になるため雪は酒造りにとって大切な資源です。長岡の名物は①お米、②大花火大会、③日本酒の3つ。清酒消費量は1位、清酒製造場数も1位。地元の酒を飲む習慣が根付いていること、人にプレゼントをする習慣があることが影響しているそうです。 摂田屋は山から江戸に行く通過点で、接待をする店が多くあったため「接待屋」が語源と言われています。摂田屋は江戸時代創業の酒、醤油、味噌の6蔵がある醸造の町。醸造するだけではなく、食べてもらう店もあるのが摂田屋の魅力です。

▼蔵のリノベーションによる交流と発信の拠点づくり

2019年、お客様と吉乃川の関係づくり・発信の拠点をつくろうという思想の元、大正時代にできた蔵をリノベーションして吉乃川ミュージアム「醸蔵」をオープンしました。大正時代当時、1階が瓶詰め工場、2階は蔵人の寝泊り場として使われていた蔵には、鉄骨のトラス工法の建物で太い柱のない耐震性の高い建物である特徴を活かして、長岡や吉乃川について紹介する展示コーナー、酒バー、売店、酒造り体験ゲームコーナー、クラフトビールの醸造所が導入されています。「ここができることで、吉乃川の長年のファンが訪れてくれること、お酒に興味がない人も遊びに来て酒に触れ合ってもらえることが価値だと思う。」と川上さん。建て直した方が実は安価だったそうですが、地元の方が知らず知らずのうちに見ていて心に残っているであろう建物をリノベーションして使うことを選んだそうです。
出典:川上さんの講演スライドより

▼現代の食文化を捉えた新しい商品の開発

吉乃川でのお酒に関わる新しい取組としては、今の食文化に合ったブランドの開発や、クラフトビール「摂田屋CRAFT」の開発などがあります。PAIRシリーズは「醸蔵」オープンと同じ時期に立上げたブランドで、低アルコールで甘くて酸味があり、洋食など今の食文化に合った飲みやすい味を設計したそうです。クラフトビールは、「お酒に興味がなくてもビールなら手に取ってくれて酒を知るきっかけになるかもしれない、ビールにもチャレンジしてみたい」という想いから、日本酒と同じ仕込み水を使い、米麹を副原料として開発されました。

▼過去と現代の慣習を分析したリブランディング

吉乃川では、消費者のお酒に求める感情の変化にも着目しました。従来、日本酒は一日の終わりに「満足のお酒」として飲む定番のものが求められており、これは手に取りやすい価格である必要があるため安定供給が大事でした。一方、今の時代は毎日お酒を飲まず、かつ日本酒以外にも飲みたいお酒がたくさんある中で、「感動のお酒」である必要があると考えたそうです。香りや個性がありインパクトのある日本酒を目指し、「満足のお酒」のようにコンビニやスーパーなどどこでも買えるものとは違った、簡単に手に入らない「感動のお酒」の開発に取り組みました。そして2020年に誕生したのが「みなも」です。「過去から現在、現在から未来、絶え間なく流れ続ける“吉乃の川”であり続ける」ためにはここで現代の形に合わせていかなくてはいけないという想いを半年間に渡るディスカッションで共有しリブランディングを行ったとのこと。このストーリーを伺ってから懇親会で頂いた「みなも」は更に格別な味わいを感じました。

▼江戸に学ぶサステナブルで心温まる取り組み

「KAYOI」はお客さんが購入したマイボトルに、市場には出ないプレミアムなお酒を詰めてお客さんのもとへ届けるサステナブルなサービスです。何度もお客さんとやり取りをするためにあえてフルステンレスのボトルを採用し、長岡に本社のある金属加工メーカーとコラボをしました。ボトルには一本一本ナンバリングされており、1番のお客さんには1番のボトルにお酒を詰めて戻すという繰り返しをされているそう。実はこのKAYOI、江戸時代中期の「通いとっくり」に着想を得たのだそうです。大きな酒蔵でありながら個々のお客さんとの直接のやり取りも大切にする心意気が素敵ですね。

出典:川上さんの講演スライドより
出典:川上さんの講演スライドより

▼型にはまらない前向きでスピーディーな変化の数々が持続可能な産業を実現

川上さんのお話を通して、蔵のリノベーションと酒のリブランディング、2方向のアプローチが調和した持続可能な醸造産業の在り方が見えてきました。「吉乃川は『変わらないために、変わっていく』、今までのお客さんや酒の味わいを守るために、表現はどんどん変えて先に繋げていく想いでこれからのチャレンジを進めている酒蔵です。」と川上さん。創業家の想い、社員の想い、吉乃川を愛する消費者の想いを大切にしながら、それでいて型にはまらない前向きでスピーディーな変化の数々は、醸造に限らずあらゆる産業を営む方々へ届きそうですね。

2. 名実ともに“発酵”するまちでの発酵まちづくり

ミライ発酵本舗の斎藤さんからは、吉乃川を含む6つの蔵元が集まる宮内・摂田屋でのエリアデザインについてお話を伺いました。ミライ発酵本舗は2020年創業のまちづくり会社で、旧機那サフラン酒製造本舗の蔵をリノベーションした発酵ミュージアム「米蔵」を拠点として4年目を迎えます。斎藤さんは社会福祉法人にて長岡市初の就労継続支援A型事業所として廃校をリノベーションしたフレンチレストラン「和島トゥールモンド」の立上げを担当された後、2020年からミライ発酵本舗の統括マネージャーを務められています。

▼醸造の町 宮内・摂田屋での“発酵”をテーマとしたまちづくり

長岡駅から在来線で一駅の宮内という駅の東側が宮内・摂田屋のエリアです。有名なラーメン屋があるため駅を降りる人はいるが街なかまで入ってこないこと、以前は賑わっていた商店街がほぼシャッター通りとなってしまっていること、その商店街の先に醸造の町である摂田屋が位置しており人の流れを創出できないこと等の課題に直面している一方、このエリアの地域振興においては酒・味噌・醤油と“発酵”に係る蔵元が大きな役割を担い、雇用を創出してきたというユニークな歴史があります。「今一度蔵元の力を結集し、おもてなしの要素(体験型コンテンツ)を加えることで新たな地域振興を模索している」と斎藤さん。ミライ発酵本舗による蔵・建物のリノベーションや各種ブランディング・ネットワーク形成等の様々な取り組みを伺っていきましょう。

▼旧機那サフラン酒製造本舗の蔵を「発酵ミュージアム 米蔵」に

ミライ発酵本舗は、長岡市が所有する旧機那サフラン酒製造本舗の蔵の管理運営・整備を受託、発酵ミュージアム「米蔵」を営みながら、宮内・摂田屋のエリアデザインを主体的に進めていくという役割を担っています。米蔵では、地元食材を活かしたメニューが堪能できるカフェや、「発酵」について楽しく学べるラボ、長岡出身の絵本作家・松岡達英さんの絵本コーナーなどがあり、コンサートやお茶会などのイベントも定期的に開催されています。将来的な宮内・摂田屋での出店やスタートアップ支援の一環で毎月開催しているグッドモーニングマーケットはたくさんの人で賑わうそうです。地域の住民の方々から町の振興に賛成してもらう必要があるため、地域の方々との密接な関わりを持ち、建物を壊さず磨くことを基本姿勢としているとのこと。ミライ発酵本舗では、今後も宮内・摂田屋エリアの蔵や古民家をリボーン(磨いてきれいにする手法)した仕掛けを構想中です。

出典:斎藤さんの講演スライドより
出典:長岡観光ナビのホームページより グッドモーニングマーケットの様子

▼地域の日常を楽しみにくる現代の観光

従来の観光は「日常から非日常を楽しむ」もので、観光客が求めるキーワードはゴージャスやエキサイティング。しかし特にコロナ後、「日常と非日常は一体」の傾向にあり、摂田屋で言えば発酵食品を使った料理、地域の方々がつくる伝統料理を楽しむなど、日常に安らぎや心地よさを求めて来る人が増えていると斎藤さんは考えます。宮内・摂田屋ではそこを狙って背伸びをせず、地域にとっての日常が実は特別であると再認識して、それらを経験してもらえるコンテンツを検討しているそうです。

▼高校や大学との連携による若い発想をそのまま実現する取り組みの数々

斎藤さんは着任当時、車社会により街なかを歩かず車で通り過ぎてしまうことを課題と感じ、駅を使ってもらえるようにポスターをつくりました。そのポスターが新潟広告賞を受賞したことをきっかけに、長岡農業高校からお米を売るためのブランディングの相談が来たそうです。完全無農薬米にチャレンジし、長岡造形大学とコラボしてパッケージデザインを検討、その取り組みは全国農業新聞に掲載され、この米が一等米に選ばれたことで注目を浴びました。またこのお米はキロ900円で販売しブランド力を高めているそうですが、この価格設定には卒業後の高校生がビジネスにチャレンジしやすくするための温かい後押しが込められています。  

新潟大学では、「地域振興における発展をどうしたら良いか」という課題を出し学生にプレゼンをしてもらったそうです。中でもキッザニアの摂田屋バージョン「セッタニア」の提案は体験型コンテンツを増やすという内容で、ぜひこれは実践したいと思ったとのこと。学生と具体化へ向けて検討を進め、昨年11月に子供たちの体験型コンテンツと大人向けの日本酒ペアリングを中心とした内容で実現しました。現在摂田屋で土日に開いているのは吉乃川と米蔵だけという現状ですが、セッタニアの日は町全体がオープンになりました。「おもてなしの精神を示すなら開くべきであり、この体験をきっかけに、蔵元も自走することを狙いたい」と斎藤さんはおっしゃいます。

出典:斎藤さんの講演スライドより

▼蔵元などの若手で立ち上げた宮内摂田屋method

「従来の一部のまちづくりは議員や長老の集いで若手がおらず、会計などの手間のかかる役割を誰も担いたくないという傾向がある。」と感じた斎藤さんは、ミライ発酵本舗に参加して間もなく、蔵元の次世代など若手を中心とした組織である「宮内摂田屋method」を提案しました。当初理解を得られずお叱りを受ける場面もあったそうですが、上記の様々な活動に取り組むうちに努力・実践がやがて評価を得て状況は変わっていったとのこと。新しい動きを生み出すにも、これまで地域を支えてきた皆さんとの関係性を育むことが重要であることがよく分かるお話ですね。昨年4月に組成した宮内摂田屋methodでは「歴史文化を尊重し、あたらしい、豊かな暮らし『発酵暮らし』を提案する」を目標に掲げています。

出典:斎藤さんの講演スライドより

▼ブクブク発酵するこれからの宮内・摂田屋

吉乃川と旧機那サフラン酒製造本舗の蔵がリノベーションにより活用され、その後ここ1,2年でフレンチレストラン、団子屋、イタリアンレストラン等がオープンしました。フレンチレストランは、和島での経験を活かして斎藤さんも企画に携わっておられ、ミシュランを取得したシェフが有機野菜を徹底的に使い日本酒を楽しむための料理を提供しています。地域の小中学校、高校、大学との連携や宮内摂田屋methodの活動も活発となり、「宮内・摂田屋はブクブク発酵しています♪」と斎藤さん。これからの更なる変化が大変楽しみですね。

3.トークセッション / Q&A

▼2018~2019年あたりが節目である理由

お二方のお話より、各種取組みのスタート地点が2018~2019年頃にあることを踏まえ、その頃にどんなきっかけがあったのかを司会より伺いました。  

これについて川上さんからは、「吉乃川は2019年が確かに節目だったが、酒の飲み方が変わり酒の消費量が減っていたことは元々の課題であった。」との回答がありました。酒の消費についてはコロナ禍を受けてガクッと下がったわけではなく年々減少傾向だったため、現代の酒の消費の在り方を捉えて会社としてもゆっくり変わっていこうねという構想はもともとあったのだそうです。早くに亡くなった川上さんの父である19第蔵元とも「お客さんに愛され楽しんでもらう酒をつくり続けたいね」という話をしていたこと、それを実行に移したのが2018年頃だったという背景もあるとのことでした。  

斎藤さんからは、「2019~2020年頃にちょうど20~30代の動けるプレイヤーが集まって、地域の課題を捉え地域振興しなければならないことを共有できたことがきっかけの一つだと思う。」との回答がありました。なるほど、まちづくりにしても事業にしても、同じ想いを共有でき動けるメンバーが集まる時にぐっと物事が進むものですよね。

▼日常(定番)と非日常(感動)の双方を捉えた持続可能な戦略

吉乃川からは「日常的な酒だけでなく特別な日に楽しむ酒を開発する」方向に進んでいるというお話があり、一方でミライ発酵本舗を中心に取り組む観光まちづくりにおいては「非日常ではなく地域の日常を楽しむ観光を提供する」方向に進んでいるとのお話がありました。これは一見ベクトルが逆方向に向いているように思われますが、そのあたりについてどのような考えをもっていらっしゃるか司会から伺いました。

川上さんからは、吉乃川の屋台骨は「源泉辛口」や「極上吉乃川」などの定番の酒であるとの回答がありました。「定番の酒を守っていくために「感動の酒」を開発してきたので、感動の酒を体験した人がスーパーで見かけた吉乃川を手に取るきっかけになれば…」と川上さん。定番から感動、感動から定番といったサイクルをつくることで、あくまでも今まで飲まれてきた定番の酒は守ることが大きな目標となっているとのことでした。

斎藤さんとしては、吉乃川は470年という歴史の中で日々チャレンジをし続けているからサステナブルであり、そういった日々の取組みや日本酒づくりに込められている想いを知ってもらうことが現代の観光に求められているように感じているとの回答がありました。一見逆方向に見えるベクトルは繋がっており共通の思想に基づくのですね。

4. 「産業リノベーション」というテーマでお話を伺ってみて

連続トークセッションの第1回を終えて、「産業リノベーション」を考える上で今後の軸となり得る項目としては、①課題の認識、②働く現場・まちへの着目、③トレンドの捉え方、の3つが見えてきたように思います。今回のお話では課題を解決する鍵が、酒(醸造)という産業を巡る日常と非日常への着目にあったように思いますが、これは今後取り上げる他の産業でも当てはまるでしょうか?この企画はまだ始まったばかり。回を重ねるごとに解きほぐしていければと思います。

(シティラボ東京 マネージャー右田)