【Event Report】産業リノベーション時代の空間とビジネス #2他用途と掛け合わせる社交の場としての銭湯
さて、第2回「他用途と掛け合わせる社交の場としての銭湯」では、内風呂が常識の社会において人々は何を求めて銭湯を訪れるのか、銭湯に新たな要素が追加されたことでその位置付けにどんな変化が生まれているのか、銭湯離れや銭湯ユーザー世代の高齢化といった課題も抱える銭湯という産業の持続可能性を探ることを目的とし、銭湯におけるトレンドを捉えた画期的な取組みを⻩金湯の新保さんから、銭湯業界の包括的な視点を電気湯の大久保さんからお話しいただきました。東京は墨田区で多世代に愛される2つの銭湯オーナーから、現代のニーズに応えた持続可能な銭湯について伺った内容について振り返っていきましょう。
1.銭湯のうつりかわり〜墨田区 大黒湯・黄金湯を例に〜
新保さん夫妻は、墨田区の錦糸町〜押上エリアにて大黒湯、黄金湯、さくら湯を、また新宿の金沢浴場を含め合計4軒の銭湯を経営しています。2012年に卓也さんの祖母から大黒湯を継いだことをきっかけにご夫妻で銭湯の運営を開始しましたが、当初は利用者も集まらず人を雇うのも大変だったそうです。光熱費の高騰、相続税等の理由から継続が苦しくなり辞めてしまう銭湯も多い中、2018年には知人が経営する近隣の黄金湯も引き継ぎました。
▼銭湯ニーズ変化下での大黒湯再生
卓也さんの祖父が大黒湯を開業した1950年代は風呂がある家庭が少なく、1日1000人を超える利用者からの入浴料と、浴場内に設置された広告収入による経営で成り立っていたそうです。1970年代以降は自宅に風呂がある家が増え、1日180人程度の利用に減少してしまいました。そして新保さん夫妻が継いだ2012年には1日の利用者が140人程度に減少し、都内の銭湯の数もこの20年の間に800軒から450軒にまで減少してしまいました。スーパー銭湯と違って、公衆浴場は物価統制令で価格が決められており、「国民の衛生を保つこと」を目的に設置されています。固定資産税や水道代は東京都から補助されているものの、520円と決められた価格で経営を維持するのは簡単なことではありません。「お客さんが少なくてもメンテナンス・掃除は欠かせず、寝る時間が削られていき本当に大変だった」と卓也さん。物価統制令で価格は上げられず、建物は老朽化していき、光熱費が高騰し、100坪近い敷地の相続税が払えず手放すというのが銭湯減少のメカニズムのようです。
新保さん夫妻は「なぜ目の前のマンション住民は銭湯に来ないのだろう?」という疑問から、まずは近隣の人が来たくなる工夫から開始。銭湯の日常使いが減り、リフレッシュ・気分転換の場所になった背景を捉え、SNS投稿、レンタルタオル、露天風呂増築、24時間営業など様々にチャレンジしていくうちにお客さんが増えていきました。
出典:新保さんの講演スライドより
▼黄金湯継承と銭湯ごとの特徴づけ
2018年、経営者が高齢となり黄金湯を閉めることになったため、新保さん夫妻が引き継ぎました。引き継いだ当時の入浴客数は1日100人以下、収益が上がらずやればやるほど赤字という状況でした。そこで、クラウドファウンディングにより集めた600万円で改装することに。大黒湯と黄金湯は歩いて5分くらいの距離なので、「競合しない違った価値を生み出そう、若い人や外国の人などをターゲットとし、もっと銭湯を知ってもらおう」と考え、ロゴ等のクリエイティブディレクションはアーティストの高橋理子さんに、内装設計は建築家の長坂常さんに協力を仰ぎました。どちらもご近所の方のネットワークでお知り合いになったとのこと。錦糸町・押上エリアのクリエイティブさが伝わってきますね。今となっては若い人を中心としてたくさんの方が訪れるようになった黄金湯。メディアにも多く取り上げられるようになりました。
出典:新保さんの講演スライドより
▼銭湯から派生し、まちに広がる新たなビジネス
黄金湯の番台空間にはビールのタップが設置され風呂上りに一杯飲める素敵なサービスを提供しています。2020年の黄金湯改装の際に、いつかビールの醸造所をつくりたいという話が出ており、ついに2023年12月にベイズヨツメブリュワリーをオープンしました。こちらも大黒湯・黄金湯から徒歩圏内にあり、錦糸町~押上エリアの魅力をより一層向上させています。黄金湯2階には宿泊施設があり、このエリアの夜の楽しみ方を知る人の数も増えたことでしょう。
「『沸かせ!!未来を』を理念に活動していきたい。お風呂を通して未来を創っていきたい。」と朋子さん。墨田区の皆さんに支えられ、小さな挑戦の積み重ねでここまできたと振り返ります。地域の方に還元し、いつまでも未来を沸かせて行きたいとの熱い想いを語って頂きました。
2.最小不幸社会を実現する銭湯の在り方
大久保さんは元々国連関連機関に所属し、「子供と若者」という社会集団との協働により、国連の会議体への子供や若者の参画を推進していました。
仕事も一段落ついた2019年末頃、祖母が銭湯を閉めて売ろうとしていることを聞きました。漠然とした「銭湯をなくしてはいけない」という想いから、反射的に「僕が継ぎます」と発していた大久保さんは、①自分に時間があったこと、②銭湯は公共的な事業であるため一度始めたからには続けていく責務があること、③公共性が高い事業を家業とする一族に生まれた者として、銭湯を続けなければ、「大学に行ける、幸せに暮らせる」という幸運に恩返しをしない不届きものになってしまうこと、という3つの理由があったように感じるとその時のことを振り返ります。
▼最小不幸社会の実現と銭湯
大久保さんは、自身が高校生の時に菅直人元首相が提唱していた「最小不幸社会」という言葉が心に残っているそうです。社会全体での「不幸」の数を減らして いくこと(最小不幸社会の現実)が大切だと考え、大学卒業後は公共性に関わる仕事に就くことを選択したそうです。
では銭湯にできることは何か?この一時的な回答として、社会学者である内田樹の著書「コモンの再生」より、「『みんなが、いつでも、いつまでも使えるように』という気配りができる主体を立ち上げること」であると導き出しました。銭湯で解釈すると、元の場所に桶を戻したり、体を洗ってから湯船に入ったり、といった気配りが共同主観的な主体を立ち上げることに繋がります。銭湯はみんなで生活する空間があるからこそ、人と人ではなく、人と共同体として思いやることができる主体を立ち上げることができるのではないかと大久保さんは考えています。
出典:大久保さんの講演スライドより
▼電気湯のミッションは「誰かの居場所をつくること」
電気湯は「誰かの居場所をつくること」を目的として運営しています。SDGsは世界の不幸な人を減らす指標であり、上位の先進国はSDGsの指標に当てはまらないことも多くあります。SDGsゴール11「住み続けられるまちづくりを」に関連する“都市と自分の部屋の断絶性”という問題への解決に 、銭湯がその一端を担えるのではないかと大久保さんは考えています。
ここまでのお話を踏まえて、電気湯のビジョンとミッションをお話頂きました(下図参照)。中でもミッション(電気湯がやるべきこと)の2つ目「『みんなが、いつでも、いつまでも』という気配りができる共同主観的な主体を立ち上げること」については、都市において不幸な人が出ないようにする空間を創れるようにアイデアを広げていき、それが将来的にも成り立つことであるとの説明がありました。
出典:大久保さんの講演スライドより
▼「エモさ」と「ととのい至上主義」に抗う
近年のサウナ人気を受けて、自己に閉じこもりがちなサウナユーザーと共同を前提とする従来の銭湯ユーザーの所作の違いについて大久保さんは課題に感じています。「ととのい至上主義」と大久保さんが表現するサウナユーザーの振舞いは、銭湯という共同の生活空間に交われないことも少なくないのだそうです。例えばスキー場でスキーヤーとスノーボーダーの所作が違うように、サウナユーザーと銭湯ユーザーの共存には、緩和措置を講じる必要がありそうです。また、近年銭湯に求められる「エモさ」についても、長く親しんできた生活者である 銭湯ユーザーを観察の対象とし客体化してしまうことで押しやる方向に働くこともあり、ここにも課題があると大久保さんは考えます。そういった意味でも、新保さん夫妻が運営する4つの銭湯ではバランスを取りながら潜在顧客の幅を広げていることをリスペクトしているとのことでした。
3.トークセッション / Q&A
▼ニーズと店主が創り出す銭湯の色
大久保さんからは「サウナユーザーと銭湯ユーザーのすみ分けが難しい」とのお話がありましたが、サウナではなくても、熱いお湯が好きな人もいれば温いお湯が好きな人もいるし、それぞれのニーズに合わせられないのが銭湯だと卓也さんは考えます。だからこそ、店主各々の色が出てきて、店主が良いと思う空間を提供し、共感するお客さんが集えば良いのではないかとのお話がありました。
▼銭湯と地域の繋がり
大黒湯・黄金湯が現在のようなスタイルになって以降変化した地域との接点や繋がりについて伺いました。大黒湯を改装した際に今までのルーティンを崩されてしまった常連の方に怒られてしまった経験もあり、黄金湯の改装では、スタイルが新し過ぎて受け入れてもらえるのか不安で仕方なかったという朋子さん。結果として黄金湯は思っていたよりも受け入れられ、むしろ閉店せずに残してくれたことへの感謝を伝えられることもあり安堵したそうです。ここでも、新しい取組みと既存ユーザーのバランスを上手く取られていることが伺えました。
▼新たな取り組みとビジネスの成功
大黒湯を始めた際には収益が上がらず苦しい経験をされたとのお話を踏まえ、現在のスタイルになって以降のビジネス的な収益状況について伺いました。卓也さんからは、銭湯の経営は一般企業に比べてサイクルが長く、収益が上がっても次の改修の資金になるため、長い目でみると利益として残る部分はないのではないかとの回答がありました。大久保さんからも、現在働くスタッフの皆さんで回せる状況にはなってきたものの、赤字を出してしまった時期もあり、長い目で見ると利益を生むのは難しい状況にあるとの回答がありました。
一方黄金湯では、お客さんにより満足してもらうための工夫として、ビール・飲食・宿泊といったサービスを付加させています。銭湯を主軸にしながらも、別の要素を加えたビジネスモデルを展開していくことは、今後銭湯を残していく上で重要な観点ではないかとの見解が卓也さんから示されました。銭湯が衰退した過程では内風呂の普及よりも先に、飲食やレジャー的要素を一体化したスーパー銭湯が登場したという研究もあり、時代が求めるニーズは銭湯経営者として認識しなければならないと大久保さんからの補足もありました。
▼戦略よりも想い先行で引き継いだ銭湯
参加者より、「新保さん夫妻が知人から銭湯を引き継ぐ際には何らか算段があったのか、エイヤーで突き進んだのか?」という質問が寄せられました。重ねて大久保さんからも、「墨田区内で運営する3つの銭湯のブランディングは当初から戦略があったのか?」という質問がありました。卓也さんからは、「戦略以前に必死だった。目の前で銭湯が一軒なくなるのをどうにかしなければ、という想いだった。思い入れのある方からやってくれないかとお話があったから、やらしてもらうという応えしかなかった。」という回答がありました。引き継いだ銭湯がちょうど四つ目通り沿いに並んでいたこともあり、初めて地域にも開き、インバウンド需要に応える取り組みができないかという発想に至ったそうです。
▼若い人に伝えたい銭湯という文化
参加者より、「銭湯の機能・価値・役割をどのように言語化しているか」という質問がありました。卓也さんから「全ての人に平等でありたいと思っている。自分自身はずっと銭湯を利用して育ったため、幼い頃の自分を知る常連さんも多い。次の世代にどのように銭湯という文化を渡せるかを常に考え、だからこそ黄金湯は若い人をターゲットとし、銭湯の敷居を低くすることを目指している。」という回答がありました。
▼銭湯のこれからと経営者の想い
最後に登壇者の皆さんから一言ずつ頂きました。
- 大久保さん:「都市において様々な制約が厳しくなり対話の場が失われつつある中で、銭湯は、ただただ他の利用者と対話をしたり、しんどい時に『他の人もしんどいのかな』と考えたり、そういう場であって欲しいと思います。秀逸な銭湯もたくさんありますが、自分の家から一番近い銭湯に週1回でも良いので通ってみてほしいです。」
- 卓也さん:「伝統文化と言われる産業になってきた銭湯ですが、今までの当たり前を少し疑問に思いながら、常々チャレンジして変化させてきました。現代社会で暮らす人たちは色々苦労も多いと思いますが、お風呂に来たときに「何も考えずにお風呂入れたな」という空間を作れたら銭湯の価値ではないか思います。」
- 朋子さん:「自身が嫁いですぐに大黒湯の経営を開始し、子育てや介護と両立しながらしんどい時期もあり、当時は銭湯業界がこんなに盛り上がるとは思っていませんでした。皆さんのおかげで、少しずつ積み重ねて今日があると思うので感謝しています。」
4.「産業リノベーション」第2弾を終えて
第1回の醸造所をテーマとした回では、酒(醸造)という産業を巡る日常と非日常への着目が課題解決の鍵であるという仮説を提唱しましたが、今回も時代と共にに変化した日常と、現代人が求める日常におけるスパイスのようなものへのアプローチがトーク全体を通しての共通認識だったように思います。新たな要素を取り入れながらもやはり次世代に伝えたいのは、従来の銭湯が提供してきた、他者と空間を共にすること、一息つける所としての価値のようですね。また、「産業リノベーション」を考える上で軸となり得る項目として、第1回終了時には①課題の認識、②働く現場・まちへの着目、③トレンドの捉え方の3つを導き出しましたが、今回②は「地域と産業の接点」に置き換わると感じました。
さて、次回はどんな産業を取り上げましょうか。ご参加の皆さんから取り上げてほしい産業のアイデアも頂きましたので、改めて検討したいと思います。
(シティラボ東京 マネージャー右田)