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【Event Report】企業価値を向上させるSX経営〜『サステナビリティ経営のジレンマ』出版記念トーク

2024年8月7日、サステナビリティ経営をテーマとしたトークセッションを、一般社団法人サステナブルコミュニティとの共催で開催いたしました。企業のサステナビリティ部門担当者(通称:サス担)の方々を中心に、シティラボ東京会場とオンライン含め30名超の方が参加しました。

1.書籍『サステナビリティ経営のジレンマ』の主旨・ポイント

▼SX:サステナビリティ・トランスフォーメーションを阻害する「5つのジレンマ」

環境・社会・経済の3要素を考慮した事業展開により、事業を存続させるだけでなく企業価値の向上を目指す「サステナビリティ経営」。それを実現するダイナミックな変革(SX)。その必要性を感じながらも具体的な道筋が見いだせず、「モヤモヤとした思い」を抱えている経営者やサステナビリティ担当者の方も多いのではないでしょうか?

2024年2月に発行された書籍『サステナビリティ経営のジレンマ』は、その阻害要素を明らかにし、それを乗り越えながら、サステナビリティを企業経営に取り込んでいくプロセスを、CSV経営の実践を通じて企業価値の大幅な向上を果たしたリアルな経験と企業コンサルティングによる横断的な視野をふまえながら体系的に描いています。

本セッションでは、サステナビリティ経営実現のための本質的なポイントを著者の川井健史さんより解説、さらに、企業のサステナビリティ担当者である田中有紀子さんとのトークを通して深堀りしていきました。

▼経営理念のジレンマ

本書ではサステナビリティ経営について「5つのジレンマ」が挙げられていますが、本日は「経営理念のジレンマ」と「経済合理性のジレンマ」を中心に話を進めていきました。

企業の経営理念として「社会課題」と「顧客課題」を一度切り分けることが重要だが、両者が区別できていないことも多いのが現状…と指摘する川井さん。一旦、Purposeを「社会課題に向き合うこと」、Missionを「顧客課題に向き合うこと」と意図的に切り分けるアプローチを提案します。

経済産業省でも、「社会のサステナビリティ」と「企業のサステナビリティ」を同期化すること、そのために必要な経営・事業変革を「SX」として定義しています。同期化するためにも、まずはしっかりと区別することが重要ということですね。

これらの区別と同期化の先にある将来像として紹介されたのが「グローバルステークホルダーモデル」です。このように考えると、企業も、人と地球のウェルビーイングを中心に据えつつ、利益を追求しながら長期的な価値創造を目指す役割が見えてきます。

書籍の中でも幾つかの事例が紹介されています。例えば、SONYは2019年に「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurposeを発表しました、対象が「世界」であることがポイントです(従来のMissionは「ユーザーの皆様」が対象)。また、島津製作所の経営理念は設立当初から「「人と地球の健康」への願いを実現する」でした。

▼経済合理性のジレンマ

とはいえ、「それは理念だけど、企業として儲からないよね」という声がまだ根強いのも現状。社会課題と顧客課題を統合する手法はどのように考えればよいのでしょうか。

サステナビリティ経営で求められるアプローチとして、社会課題から出発して顧客課題に到達する「アウトサイドイン」が挙げられます。従来のアプローチは自社と顧客課題の間で完結していました(マーケットイン、プロダクトアウト)。アウトサイドインの実現は従来の延長線上では考えられません、そこで、イノベーションの創出や外部のプレイヤーとのパートナーシップが必要となります。

それでも「本当にそんなことができるの?」という声はまだ残るでしょう。そこで、挙げられたのが川井さん自身も人事責任者として関わった株式会社メンバーズの事例です。同社は2014年のプランに「VISION2020」で、「日本中のクリエイターの力で、気候変動・人口減少を中心とした社会課題解決へ貢献し、持続可能社会への変革をリードする」を掲げました。なぜ、デジタルマーケティングの会社が気候変動や人口減少を最前面に打ち出すのか、そして、それは事業に結びつくのか…?

それらを結びつけたのが、社会課題側からは「エシカル消費」でした。消費行動を通して企業に投票する、そうして企業の行動を変えていくものです。逆に、顧客課題側からのキーワードは「共感マーケティング」でした。企業の脱炭素の取り組みをストーリー性のあるコンテンツにしてファンマーケティングを進めていくものです。クライアント企業にとってもマスメディア型のプロモーション施策による巨額な広告費から開放され、その余力を社会価値の創造に回すことが可能になります。

この様なCSV(共通価値の創造)アプローチは同社の新しい事業エンジンとなり、売上高や収益、社員数も大幅に増加することとなりました。

2.トークセッション 〜 ジレンマをどう超えていく?

後半のトークセッションでは「サステナビリティ経営」の現場の課題を深堀りしていきます。対談相手の田中有紀子さんは、ITスタートアップの起業に参画し、マーケティングや広報、経営企画などのキャリアを経て、現在はエネルギー企業のサステナビリティ部門で日々奮闘しています。ファシリテーターの山路祐一さんは、自らも事業会社のサステナビリティ担当として業務を行いながら、約700名が加入する一般社団法人サステナブルコミュニティの代表理事として、サステナビリティ経営に関わる広範な人的ネットワークを持つコミュニティを運営しています。

▼日々のジレンマ

サステナビリティ担当は泥くさく大変だがやりがいもある仕事という田中さんですが、本書を読むにあたっては、日々の業務の苦しさを追体験する感もあったとのことです。よく言われる「SDGsのワッペン貼り」についても、情報開示のフレームワークや緊急性によってやむを得ない側面もあり、その中でもサステナビリティに関する既成事実をつくり、社内のマインドチェンジに向けた布石を打つという想いがあるとのこと。この様なジレンマはどこの会社でもあるのではないでしょうか。

▼リスク低減と企業価値の向上

書籍の表紙裏には「リスク低減に寄ったサステナビリティ経営は…(中略)…十分なリターンを期待できない」という一節があります。山路さんより、事業会社のサステナビリティ部門はバックオフィスであるが故に、リスク低減にしか関与しづらい機能的な苦しさもあるのではないかという深掘りがありました。

川井さんよりは、「難しい面もあるかとは思うが、このままでは、社会も良くならない上に企業価値も向上しないという誰も得をしないこととなってしまう」という強い課題感が、この一文に込めた想いとのことでした。もちろん一足飛びに実現するものではなく、仮説検証を繰り返していくことが必要です。田中さんは、サステナビリティの価値について経営陣からも問われる中、データでその成果を示すことができないか、正に挑戦中とのことでした。

▼社内合意形成の勘どころ

サステナビリティ経営を進めていくためには全社的な合意が必要です。川井さんがサステナビリティ担当部門を支援した事例では、経営陣への伝え方について入念に作戦を練りましたが、その際に重要だったキーワードは「寸止め」。全てを資料で決めつけるのではなく、経営陣の思考がサステナビリティに自主的に寄っていくように工夫したとのことです。一方、社内の合意形成を図る田中さんの場合、説明会やワークショップなど各部署との接点を増やす地道な活動と並行して、各部署の業績評価指標(KPI)を収集・理解しつつ、全社的なKPIを設定していくといった相互理解を図っていったとのことです。いずれにせよ、経営陣や各部署が腹落ちして「自分ごと化」できるための工夫が重要ですね。

▼サステナビリティ担当者はなにを磨くべきか

2020年頃に各社が一斉に設定したマテリアリティが、いま見直しの時期を迎えているようです。その中で「良いパーパスでメシが食えるのか」といった揺り戻しが出てくるのも事実。そこを乗り越えるために必要なことは何なのでしょう?

川井さんは、社会課題をきちんと捉えた「純度の高いパーパス」の必要性を説きます。純度が低い(顧客課題寄り)パーパスだと対外的にも”プロモーション”に見られてしまうとのこと。そのためには、逆説的に「社会課題じゃないパーパス」をたくさんインプットすることも一つの方法とのことです。

田中さんは、自分の中で「こうあるべき」という理想論をしっかりと持つ必要性を説きます。ジレンマを抱えていることは多々あるが、だからこそ、役員をはじめ誰に聞かれても理想と道すじを答えられるような心がけが重要とのことです。

サステナビリティ担当者の能力を鍛えていくためのリスキリングにも話が及びました。川井さんは、従来の利益のみを重視する経営のバイアスを上書きする、また、自らが会社を動かしていく意識を持つために「経営企画的なスキル」を持つことが重要と説きます。田中さんは、「情報を取得するスキル」を挙げました。そのためには勉強会や各イベント、コミュニティといった場を有益に使ってほしいとのことです。

3.会場Q&A〜クロージング

企業の歴史・規模・業種は様々ですが、各企業でサステナビリティを推進している参加者の皆さん、質疑応答で一斉に手が挙がりました。以下、エッセンスを抜き出してご紹介します。

▼「2人目に踊るバカ」をつくる

サステナビリティ推進への意識がまだまだ社内で薄い中、パイオニアである担当者が孤軍奮闘している構図も多いようですが、2人目が動き出すと物事が一気に進む…こともあるようです(動画参照)。企業外部から支援する人も含め、粘り強く呼びかけ、その様な人を発掘していくことが求められます。

▼サステナビリティをしくみ化する

概ねのサステナビリティ担当はバックオフィス部門であり、逆に言えば全社的なサステナビリティを推進していくための仕組みや制度をつくる可能性もありそうです。川井さんからは「社会課題起点のCSVビジネスアイデアコンテスト」などを開催するアイデアが挙がりました。田中さんが進めているデータ取得もそのようなしくみ化の一環でしょう。

▼個人の危機意識にもヒントがある

業種や歴史・規模によっては、サステナビリティに関して深刻なリスクがあまり思い当たらないというケースもあります。川井さんが挙げたメンバーズの事例では、社長の個人的な危機意識から先述のようなパーパス設定に至ったとのことです。一度、個人の想いに立ち戻ってみることで社会課題にたどり着くアプローチもあるようです。

▼サステナビリティを推進する組織構造とは?

バックオフィスに属することが多いサステナビリティ部門のあり方は本当にベストかという問い直しも生まれました。各企業の特性もあり一つの答えはないのでしょうが、非常に重要な課題です。一つの理想像として「サステナビリティ部門がなくなる=全ての部門で推進する」という組織像があります。もちろん一足飛びにたどり着くのはハードルが高いですが…。

一方、「経営企画部門がサステナビリティ推進を担う」動きもここ数年で見られます。経営とサステナビリティが直結する一方、根本的な経営の変革が伴わないとサステナビリティも飲み込まれてしまうリスクもあります。その意味では現状の「独立したサステナビリティ部門が独立的に意見を述べる」体制にも一定の合理性があります。人事の世界では「HRBP:HRビジネスパートナー」として、人事部に属しながら各事業部で人的課題に対応する方法があるとのことで、サステナビリティでも同様の体制が考えられるかもしれません。

最後は、登壇のお二人からのメッセージでセッションを占めました。田中さんからは、サステナビリティ部門がなくなる世界は、各社の統合報告書でも「価値創造モデル」として描いているはずだが、まだ発展の余地があり、皆さんとも話してみたいとのコメント。川井さんからは、この1~2年で大手企業にはサステナビリティ担当が配属されるようになり専任も多い。「職種」として確立しつつあるので、ぜひ仲間をつくって盛り上げていきたいとのコメントでした。

文:平井一歩