レポート
【Event Report】「まちづくり」における「インパクト志向」を探る~アーバニストと社会起業家が描く、新しいまちのカタチ〜

▼イントロダクション
“まち”は、一定の空間と多様な活動の集合体といえます。その中にはビジネスチャンスもあれば社会・環境問題も存在します。“まちづくり”は、より良い”まち”の形成に向けて意志を共有し、ビジョンの実現に向けて戦略的に行動することとも言えるでしょう。
一方、“インパクト”は、ビジネスの世界を中心に近年普及しつつある言葉です。一般的には「事業や活動の成果として生じた社会的、環境的なアウトカム」と定義され、事業で社会課題を解決する“ソーシャルビジネス”では中核となる概念と言えます。
▼プレゼンテーション 〜 まちづくりとビジネスの接点
そのような観点のもと、実践者やプラットフォーマーとして活躍する4名の登壇者をゲストに迎え、まずは各々の活動をふまえたプレゼンテーションが行われました。
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▽都市とビジネスの合流地点 〜 パブリックライフと迂回する経済
都市論と都市計画の両面から研究と実践を行っている早稲田大学リサーチイノベーションセンターの吉江俊さんは、著書『〈迂回する経済〉の都市論』で、経済と都市開発の新しい姿を描いています。行政主導の高度経済成長期から民間企業主導のバブル経済を経て人口減少時代となった現代は、行政や大企業に加え、小商いや市民活動など多様な主体が地域を活動の舞台として見出すようになりました。
各々の主体や活動の手法は異なりますが、結果としてその“まち”の「パブリックライフ」がどんなに豊かになったかという「結果」は誰もが共有できる、それが、まちづくりとビジネスの合流地点と言えるのではないでしょうか。都市開発においても、従来のようにとにかく大きい業務床を確保するのではなく、小商いや市民活動の場を設ける、地域資源を活用する、外部空間を豊かにするといった事例が増えてきています。
そのような豊かさは今までの〈直進〉する経済では「無駄」と言われてきましたが、「色々な良いこと」が紡がれていく〈迂回〉する経済の考え方は、行政・住民・ビジネスが共存する世界の〈倫理〉として共有すべき視点であり、ビジネスにとっても持続的な経済価値につながっていく時代になってきているようです。
▽まちづくり参加を通じてマチゴトからジブンゴトへ
人とまちの関係性をデザインするという立場からまちづくりを支援しているGroove Designsの三谷繭子さんは、“まちづくり”とは、人が主体となって活動し、共鳴(グルーヴ)を起こしていくことと捉えています。
当初はまちづくりプランナーとして行政・企業・市民の間でまちづくりを支援していましたが、その過程で「まちづくりに関わりたいがキッカケがない」人が居ることに気づくようになり、デジタルを活用して参加のきっかけをつくる地域エンゲージメントプラットフォーム「my groove」を開発、横断的な社会課題に対してアプローチする社会起業家としても活動しています。
昔は自分のまちが嫌いだったという三谷さん、その背景には自分の力ではまちは変えられないという無力感があったとのこと。逆にいえば、まちづくりへの“参加”がまちへの愛着につながる可能性があるという視点です。それが、自分のまちに対して「なにか手伝いたい」という潜在的な意識に対して参加のハードルを下げる事業につながったようです。
▽みんなで社会・地域・まちをつくる、“関わりシロ”をデザインする
ボーダレス・ジャパンの鈴木雅剛さんからは、まず、そもそも“ビジネス”とは、できることを組み合わせて価値をつくっていく“助け合い”のしくみであるという視点が提示されました。その中で、同社は、貧困や差別偏見、環境問題などといった「非効率」も含めて社会を再構築する事業を展開しており、現在は51社/事業・売上100億円(2024年度実績)を擁す”ソーシャルビジネス”のプラットフォーマーとなっています。
ソーシャルビジネスの推進においては、巻き込む相手を誰にするのか、できることを持ち寄る、利益や効用を関係者とわかちあうといった「共創ー循環ー共有」のしくみづくりが必要であり、同社ではこれを「恩送り」と読んでいます。このしくみを“場の設計”と捉えると、“まちづくり”にもつながっていくのではないでしょうか。
▽エリア内の社会課題解決型プロジェクトの展開
デベロッパーとして“まちづくり”を推進する東京建物の小島さんは、同社のESG経営のマテリアリティとして「社会価値創出」と「価値創造基盤」という価値観を掲げた上で、アセットが集中する八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアでの取り組みを紹介しました。
このエリアでは大規模な再開発が進む一方、周辺でも首都高速道路日本橋区間の地下化、KK線(東京高速道路)の歩行者空間化といったインフラの再構築が行われ、今後大きな変化が進行していきます。単独の事業ではなくエリアとして価値をどう向上させていくかが問われています。
同社では昨年末に「Regenerative City Tokyo」構想を発表、社会課題解決の一方、居心地や美味しさなどの裏にあるウェルビーイングを実現していくロールモデルとして、3年で10プロジェクトを創出することとしており、社会実装、情報発信、物理的な場づくりを、食など多様な分野で協働・イノベーションを展開していくとのことです。

▼ディスカッション 〜 インパクトでつながるまちづくりとビジネス
プレゼンテーションをふまえ、「①まちづくりを社会的インパクトとして捉え直す」、「②個々のソーシャルビジネスを社会的インパクトとして捉える」といった論点からディスカッションが始まりました。
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鈴木さんからは、多様な人が生活している“まち”の中に起こる偶然を捉え、それを良い方向に必然化していくことが“まちづくり”ではないかという視点が挙げられました。
偶然を必然化していく際に、先に挙げられた「1% for Local」やコンポストでエリア内の資源循環を目指す「LFCコンポスト」など、“ソーシャルビジネス”が“まち”に貢献できる関わりシロは沢山ありそうですし、そこに“まちづくり”が“インパクト”を取り入れて進化していく鍵もありそうです。
三谷さんからは、“インパクト”を考える際に、“まち”で豊かな経験を過ごすことが重要であり、空間に限らずアクションが集積する“場”の使い方を考えていく、その際に経済的な論理だけでない価値をどう持ってくることができるかという課題が提起されました。
また、「my groove」の実践を通し、事業として成立する難しさはまだあるものの、貧困や教育など社会課題に関心がある人が集まる傾向が見られるとのこと。さらに、自身が暮らす地域でも「LFCコンポスト」を”まちづくり”のツールとして使っており、ソーシャルビジネスとまちづくりの視点がつながる可能性を感じているそうです。
小島さんからは、小さな活動が群となって全体的に大きな魅力になっていくような「スイミー」(小魚の群れ)型の“インパクト”像が提示されました。デベロッパーの“まちづくり”としても、コミュニティをエンパワーしていく方向に舵を切っており、“ビジネス”としても、そのための活動拠点や機会を創出していくことも考えられそうです。
また、色々なものが集積する都心の魅力をつくりつつ、郊外や各地方といったローカルと接続してどのように共助の構図をつくっていけるかが、東京に求められる課題として挙げられました。
吉江さんからは、先に掲げた「パブリックライフ」の概念に関して、例えば、再開発事業の公開空地では、事業者がデザインや利活用を積極的に促すようになり、利用者もそれらを「良い・大事」と思いSNSで発信し、集客にも通じるようになってきている変化が補足されました。
最後にもう一つ、「オーセンティシティ」(唯一無二性)という概念も紹介されました。“ビジネス”においても近年、グローバル企業が創業ヒストリーなどルーツを見つめ直す動きもあるようです。商業戦略の基本を差異化とすれば、言わば究極の差異化…と言えるでしょう。 “まち”で言えば、歴史や文化などがオーセンティシティになります。両者が出会い、融合していくところに、もう一つの“まちづくり”と“インパクト”の接点があるのかもしれません。

▼“まちづくり”と“インパクト”
本セッションでは、“まちづくり”と“ソーシャルビジネス”に関わる実践者やプラットフォーマーの視点を通し、両者の接点を“インパクト”という考え方から探る試みとなりました。
“まちづくり”も”ソーシャルビジネス”も、地域・社会課題の解決を目ざす活動であり、その総体は、間違いなく“インパクト”と呼べるものでしょう。本セッションで挙げられた「パブリックライフ」や「都市の豊かな経験」の追求は、双方の“インパクト”が接する重要な視点と言えるでしょう。その過程で必要となる多様なアクションの創出についても両者の接点が色々と示されましたし、今後も可能性が広がりそうです。
文:平井一歩