【Event Report】東京の「山」と「都心」の良い関係 ~森林、担い手、カーボンクレジット…。「東京の村」から考える~
2025年2月18日、東京の「山」と「都心」のエリアをモデルとした、サステナブルな社会の地域間連携を考えるトークイベントを開催しました。今回は、東京の村である「檜原村」で活動する株式会社東京チェンソーズの青木 亮輔さん、iforest株式会社の丸山 孝明さん、株式会社ボーンレックスの平田 憲太朗さんにより講演・クロストークが行われ、現地・オンライン含めて38名の方に参加いただきました。
1 「東京の村」
シティラボ東京のある東京都は、23区、26市、5町、8村の自治体で構成されています。その8つの村のうち、島しょ部を除いて唯一の村が「檜原村」です。檜原村は、一部を神奈川県と山梨県に接し、村の周囲を急峻な山嶺に囲まれています。村の面積の93%が林野で平坦地は少なく、大半が秩父多摩甲斐国立公園に含まれています。村の中央を標高900m~1,000mの尾根が東西に走り、その尾根の両側に北秋川・南秋川が流れ、この川沿いの谷戸に集落が点在する大自然の中の緑豊かな村です。
そんな檜原村は、古くから東京(ないし江戸)の市街地に近い山のエリアとして、炭焼きと林業が主要産業でした。山で木と関わる生業を持って暮らしてきた方が脈々と住んできた地域ですが、昭和40年代頃から、これらの産業は徐々に衰退しました。
- 家庭の燃料が炭・薪からガス・電気に変化
- 外国産の安い木材や他地域の大規模林業との価格競争
例えば、ピーク時には村内に10~20軒ほどの製材所があったそうですが、現在は数軒を数えるのみ。主要産業の衰退とともに、ピーク時約6,000人~7,000人の村民が現在では約2,000人となっており、村の人口は減少を続けています。
そんな檜原村ですが、東京の村と捉えたときに非常にユニークな森林や農林水産、自然環境、観光などの豊富な資源があり、それらを活かした新たな試みが始まっています。
今回のトークイベントでは、シティラボ東京として以下の論点を整理しつつ、檜原村のフィールドで始まるプロジェクトをご紹介から始まり、「東京の村」にフォーカスした熱いトークが展開されました。
トーク・ディスカッションに向けた論点の整理
1 「都心」は「山」をはじめとした周りにリソースを負っている
2 一方、「山」※1は、過疎地として社会課題が山積
3 いま、檜原村に「面白い動き」が集まっている(気がする)
⇒「都心」と「山」が「フェア」な立場で、相互作用※2しながら繁栄していく道を探りたい!
※1 「山」:檜原村に限らず東京奥多摩エリア、ひいては全国の都市部と農山漁村を視野
※2 単に都心の「借り」を「山」に返すだけでなく、互いが価値を高める変化を目指したい
2 檜原村での事業ピッチ
▼株式会社東京チェンソーズ(代表取締役 青木 亮輔さん)
青木さんは、2006年に東京チェンソーズを創業し、檜原村を拠点に森林の持続可能な活用を目指しています。
東京チェンソーズは森林管理の認証を取得しています。
この認証を受けた林業者の生産する木材は、環境や社会に大きな負荷を掛けずに生産された製品(木材)であることを国際的に証明される一方、非認証の林業と比べて樹木の伐採数に制限があるとともに、東京チェンソーズは林業者としては歴史が浅く、所有する山林も限られるため、一般的な林業(※1)からの木材流通を行っても企業として採算が取れない現状があります。
そこで、一般に植林から原木市場への出荷まで「歩留まり5割」(※2)と言われる原木市場向けの生産をやめて、「一本まるごと販売」として、林業によって生産した木材を余すことなく使って「ものづくり」や「ことづくり」も含めた事業を展開しています(東京チェンソーズWEBサイト)。
また、人口減少が進む檜原村での林業の持続可能性、という論点では、東京の山側エリアが、多くの都民に水を供給する多摩川の水源となっていることに触れ、「都心」に住む人にも、水源としての「山」を守る林業に、より主体的に関わってもらいたいと仰います。
※1一般的な林業からの木材流通:林業者→原木市場→製材所→主に工務店などの建築事業者
※2「歩留まり5割」:一般的な林業で言われる植林から原木市場に出荷する木材の歩留まり。植林した樹木を育てるために間伐や枝打ちも必要であり、育った樹木も枝や樹皮、根などは原木市場に出荷できない。さらに伐採した樹木に曲がりや二又がある場合も出荷できない。
▼iforest株式会社(代表取締役 CEO 丸山 孝明さん)
forestは、森林の適切な管理を通じたカーボンクレジットの創出・活用を支援するスタートアップ企業です。
丸山さんの発表では、特に都市部企業と森林所有者をつなぎ、持続可能な森林経営を実現する仕組みづくり に重点を置いていることを話していただきました。
同社のビジネスモデルのポイントとして、森林のCO₂吸収量を精緻に計測・定量化することから始めることで、カーボンクレジットとして市場に提供したあと、環境や自然にポジティブなクレジットであり続けるために、森林フィールドの適切な管理にもデータを役立てていく、持続可能なシステムを開発していくことにあります。
具体的には、ドローンや衛星データを活用して森林の成長をモニタリングし、クレジットの精度を向上させる技術 を採用。さらに、地域ごとに適した森林管理の手法を選定し、科学的アプローチで最大化されたCO₂削減効果を提供していくことが特徴です。
また、同社の事業でもう一つ特筆すべき点は、Jクレジット(政府主導のカーボンクレジット)ではなく、ボランタリークレジットの創出に注力していることです。
ボランタリークレジットは、Jクレジットと比べてより自由度が高い制度設計が可能で、市場のニーズに応じて柔軟に運用できます。
クレジット創出地域への還元も柔軟に制度設計でき、土地の所有者(山主(やまぬし))だけでなく、山のある地域全体への還元も可能で、人口減少が進む山のエリア全体のサステナビリティに貢献できます。
現在iforestは、このクレジット創出のために、檜原村をフィールドとした実証実験を実施しています(アイフォレスト、東京都多摩地域の森林におけるボランタリークレジット創出に向けた実証事業を産学6者で共同実施)。
丸山さんは、「カーボンクレジットは、単なる排出権取引ではなく、都市部企業が森林保全に積極的に関わるためのツールである」 と強調しました。
特に、企業の脱炭素戦略の多様化が進む中で、「企業が主体的に関与できるクレジット制度」の重要性が増しており、iforestはそのギャップを埋める役割を果たそうとしています。
▼株式会社ボーンレックス(新規事業部 平田 憲太朗さん)
ボーンレックスは、「WakuWaku the World」をミッションに掲げ 、挑戦者が挑戦者であり続ける世の中を実現する為に、事業会社の新規事業創出支援や、スタートアップ向けの事業成長支援など、東京都をはじめとした行政とも連携しながら各種伴走支援サービスを提供する企業です。
檜原村においては、東京都の島しょ山村地域に関係人口(地域と多様にかかわる人々)を生み出す事業 「TOKYOむら興し」を受託・運営しており、平田さんは地域課題を解決するため、地域住民と檜原村の外から集う参加者が交流しながら新ビジネスを創出するプログラムを支援しています。
外からの視点だけで一方的に課題を提起して解決策を押し付けるのではなく、檜原村がこれまで大切にしてきたことを、多くの地域内の住民や事業者の方々との対話を通じて、その土地に根差した事業を生み、その結果としてその地域に豊かさが育まれていくことを目指しています。
具体的に生まれたプロジェクトとしては、檜原村で捕獲されるシカやイノシシなどのジビエ肉を使ったペット向けのおやつを開発し、ペットを家族の一員として大切にする飼い主に無添加や品質の価値を訴求し、供給先を先に確保することで、地域の大きな課題のひとつである獣害問題の継続的解決につなげていく取り組みが検討されています。
また、檜原村の特産品であるジャガイモやゆずなどの素材や、じゃがいも品評会や地域のお祭りなど村の人達が大切にしている文化的歴史的背景にも着目し、それらをコンセプト化して造るオリジナルクラフトビールの開発も進んでいます。
今まで、檜原村の人達が当たり前に感じていたことに、外の視点が少し入るだけで、そこに化学反応が起き、地域の資源と都会の経済や人の新たな循環が生まれはじめています。
3 クロストーク
クロストークに入る前に、平田さんからの”種まき”として、今回の「TOKYOむら興し」事業を通じて感じ取った、「都市側」と「山側」のそれぞれの事情や考え方の違いについてご説明いただきました。
この提示が、今回のクロストークで盛り上がった、都心側の人が地域に「入る・関わる」ということはどういうことなのか、捉え直すきっかけとなりました。
▼山の現実から始まる、地域とともに歩む事業づくり
丸山さんが事業を始めたきっかけとして、自身の実家が所有する山を父から引き継ぎ、自分名義で所有することになったこと。当初は「固定資産税のなすりつけ合い」と冗談交じりに話されていましたが、この経験が山を持つことの“負担感”をリアルに感じた原点だったといいます。
iforest創業時には、まだ“カーボンクレジット”という言葉が今ほど一般的でなかった時代でした。にもかかわらず、「山の持ち主が得られるメリットとは何か?」「この仕組みは本当に山側の人たちのためになっているのか?」といった根本的な問いを投げかけながら事業設計を進めてきました。
背景には、農業の分野で14年間にわたり現場に携わってきた経験があります。その中で学んだのは、「いくら理想的な仕組みでも、地域の人が“意味がある”と実感できなければ、持続可能にはならない」ということ。たとえば直売ビジネスでは、農家自身が“自分の作ったものにいくらの価値をつけてよいか”がわからず、適正な価格を付けられないという現実も見てきました。こうした「現場にある温度感」への理解こそが、地域貢献を真ん中に据えたビジネスの土台になっているのです。
特にiforestでは、地域の中にある人材や暮らしに注目し、「その土地の人が主役となる仕組み」をどうつくるかにこだわってきました。地元の人が無理なく関われて、ちゃんと価値が返ってくる——そんな仕掛けを生むためには、制度やテクノロジーだけでなく、“参加者の感情”や“人との関係性”を丁寧に読み取っていく姿勢が必要だと語ります。
また、最近では山梨県や長崎県 五島市などでも地域連携のプロジェクトを進めており、「誰が現場を担うのか」「人材は確保できるのか」という課題にも直面。制度上は実行可能でも、現実には動かせない状況があることを強く実感しているそうです。
こうした経験を踏まえて、「持続可能性」の論点は制度ではなく、「人が関わり続けられる関係性」にあることを、丸山さんは強調します。
地域の未来は、補助金や法制度だけではつくれない。そこに“誰がどう関わるのか”という問いを、常に事業の根っこに置くことが、iforestの目指すアプローチです。
▼林業の人材確保に立ちはだかる"現実"と"希望"
クロストークの中で共通して語られたのは、「林業における深刻な人手不足」の問題でした。丸山さんは、自社の事業展開においても現場の人材が確保できずに苦労している現状を率直に語り、「人がいない」ことが林業の可能性を阻む最大のボトルネックだと強調します。
一方、青木さんは、林業業界に根付く“昔ながらの文化”が、今の若者世代とフィットしないという現実を指摘。例えば、「見て覚えろ」「怪我と弁当は自分持ち」といった価値観が残る中で、SNSで横のつながりを持って他の仕事の状況や待遇を知ることができる若者たちには、常に「ここじゃない場所もある」と感じ、離職していくことも少なくない。
加えて、現場の受け皿が整ってきている地域もある一方で、そもそも人材育成に専念できる体制が整っていない林業事業体や行政機関もまだ多いのが実情です。特に行政においては、林業を専門とする職員が少なく、兼務での対応が常態化しているという現場の声も共有されました。制度や政策を整える側にも“林業に詳しい人材”が不足しており、これは人材育成だけでなく林業全体の基盤を揺るがしかねない問題として提起されました。
ただし、暗い話ばかりではありません。青木さんは「先進的な林業会社が少しずつ増えてきている」と語り、環境が整い始めている兆しにも触れました。林業を「かっこよくて、誇れる仕事」に変えていく動きが、現場から着実に育ってきているのです。
▼人を惹きつける“林業の見せ方”と東京チェンソーズの戦略
人手不足の根本的な打開策のひとつとして紹介されたのが、「林業の見え方を変える」取り組みです。東京チェンソーズでは創業当初から、目の前の現場作業に追われながらも、情報発信に力を入れてきました。具体的には、広報担当のメンバーがブログやSNSを継続的に更新し、林業の仕事の現場や想いを“自分たちの言葉”で丁寧に伝え続けてきました。
このような地道な取り組みは、当初は直接的な売上にはつながらなかったものの、「東京で林業? 若い人たちが?」「なんか面白そう」といった興味を引くきっかけとなり、少しずつ“林業に関心のある人材”を惹きつける効果を発揮しました。
また、「見た目のデザイン」や「言葉の使い方」も工夫されており、従来の“重くて泥くさい”林業のイメージから、“洗練された、挑戦的で、かっこいい仕事”へと印象を転換する役割を果たしています。こうした広報やブランディングの力によって、東京チェンソーズでは一定の人材を確保できている状態が生まれています。
創業時に「そんなことより現場を回せ」と意見が分かれたというエピソードも紹介されましたが、今となってはその情報発信こそが“人材という未来の資産”を引き寄せる種まきだったと捉えられます。
また「林業」という言葉からは、木を植え、育て、伐採して販売する——そんなシンプルなイメージが根強くありますが、青木さんはその概念自体がすでに過去のものになりつつあると語ります。
現代の林業は、木を切るだけではありません。森林空間を活用した体験型サービス、サテライトオフィスの設置、自然教育、さらには観光やイベントのフィールドとしての利活用など、林業の対象は“空間そのもの”に広がってきています。こうした多様なアプローチにより、これまで「林業には関われない」と思っていた都市の人々も、自分なりの関わり方を見つけられるようになってきています。
その中で重要なのが、地域側の“受け入れマインド”の変化です。外部の人を「よそ者」として警戒するのではなく、「新しいアイデアを持ち込んでくれるパートナー」として受け入れる柔軟性が、関係人口の拡大につながります。
また、「林業」はあくまで地域資源を活かす手段の一つにすぎず、本質は「東京という都市の自然資産の価値をどう最大化していくか」という視点にあるべきだという青木さんの言葉も印象的でした。林業という産業の枠を越え、都心と山が新しい関係を築いていくためには、多様な人材、多様な関わり方を認め合うことが欠かせません。
▼地域に入る“都市側”の姿勢と気配り
地域と関わりたいと願う都市側の人たちにとって、最も最初に感じる壁は「見えないルールがあるのでは?」という不安です。平田さんは、その不安の正体を「『地雷がある』と聞くこと」だと表現しました。実際にトラブルを経験したわけではなくても、「ここでは何かやってはいけないことがあるらしい」と噂で聞くだけで、都市側の人は必要以上に萎縮してしまう——そんな構造が生まれがちだといいます。
また一方で、平田さんは、この“地雷”という存在は、実は田舎特有のものではないとも言います。会社、学校、地域コミュニティなど、あらゆる集団には「空気を読む」「触れてはいけない話題」など、暗黙のルールが存在するものです。地域に入る際も、特別な配慮が必要な“異世界”というよりは、会社や学校などと変わらない「どこにでもある集団の一つ」として構えすぎない姿勢が必要です。
その上で、どうすればスムーズに地域に関わっていけるのか?という問いに対し、平田さんは「すでに信頼されている人と一緒に行動することが一つの方法」だと語ります。たとえ初対面でも、“あの人が一緒にいるなら安心だ”という信頼のバトンがあることで、地域の人たちが心を開きやすくなるのです。
また、過度に慎重になりすぎて「絶対に間違えたくない」という気持ちが先行してしまうと、かえって関係はうまく築けません。完璧に振る舞おうとせず、わからないことは聞きながら、自然体で関わろうとする姿勢こそが、地域との信頼を少しずつ育む鍵になります。
平田さんが地域の人に聞いて印象的だったと話していただいたのは、「地元の人たちだって、地雷を踏むことがある」という事実。つまり、“間違えること”は移住者や外部の人だけの問題ではなく、地域の中にいる人にとっても日常の一部。そうした前提を共有できた時、関わる側・迎える側の垣根が少しずつ溶けていくのではないでしょうか。
4 まとめ
今回のトークイベントでは、檜原村という「東京の村」を舞台に、林業・カーボンクレジット・地域関係人口といった多様なテーマが交差しながら、都市と地域のより良い関係性について深く語られました。
東京チェンソーズの青木さんが示したのは、林業という産業の固定観念を超えて、自然との関わりを再構築することの可能性です。森林空間をフィールドとして多様な事業を展開し、“かっこいい林業”という新しいイメージを発信することで、若い担い手を引き寄せる仕掛けを実現しています。
iforestの丸山さんは、自らの経験に根ざしながら、「山の持ち主が得られる本当のメリットとは何か?」という問いからビジネスを立ち上げ、技術と人間関係の両面から持続可能なカーボンクレジットの仕組みを構築。都市企業が“買って終わり”ではなく、森林と主体的に関わる新しいモデルを模索しています。
ボーンレックスの平田さんは、地域と都市の間にある「見えない壁」や“地雷”の存在に丁寧に向き合いながら、都市側の人が地域に関わるときの姿勢や距離感について実践的な知見を共有。「人を呼ぶ」だけではない、「価値を届ける」関係性のあり方を提示してくれました。
登壇者全員に共通していたのは、“地域に関わる”ことを単なる善意やボランティアで終わらせず、経済的・社会的な循環として成立させるための工夫と意思でした。そして、そのためには、都市側・地域側のどちらかが一方的に「合わせる」ものではなく、互いの前提や価値観を尊重しながら、緩やかにつながっていくプロセスが必要です。
「東京の山」と「東京のまち」が、対立や隔たりではなく、“役割の異なる一つの都市”としてつながる未来。そのための関係性のヒントが、檜原村というフィールドから立ち上がりつつあり、今後の「山」と「都心」の良い関係づくり、むしろ「山」も「都心」も幸福になる未来づくりへの大きな希望を感じる時間となりました。
ご登壇、ご協力いただきました青木さん、丸山さん、平田さん、3社の関係者の皆様、改めましてありがとうございました!
文責:三井直義
▼会場展示
当日、会場には、一般社団法人kitokitoが檜原村を含む多摩エリアが産地の「多摩産材」(https://tamasanzai.tokyo/certification/)を活用した製品を展示しており、東京で産出される木材の活用事例として、会場参加者の注目を浴びていました。