【Event Report】ネイバーフッドとジェントリフィケーション ~シアトルと日本の都市空間〜
2025年5月15日、学芸出版社とシティラボ東京の共催イベント「ネイバーフッドとジェントリフィケーション ~シアトルと日本の都市空間〜」を開催しました。本イベントは、書籍『ネイバーフッド都市シアトル~リベラルな市民と資本が変えた街』の刊行を記念したもので、著者の内田奈芳美さんが登壇、ゲストに建築家の藤村龍至さんをお迎えして開催しました。現地・オンライン合計で約83名が参加しました。
西海岸のシアトル市はもともとリベラルな市民や個性的なスモールビジネスが多様なネイバーフッドを形成する、ゆったりとした暮らしやすい地方都市でしたが、2000年以降、マイクロソフトやアマゾンといった世界的企業の進出によって、人口が急増し、現在はIT産業の集積するスーパースター都市へと発展しました。こうした変化を20年前から調査されてきた内田さんは、新著で「ネイバーフッド」を切り口に、都市開発によって人々の日常がどう変化したのか、その変化に人々はどう向き合ってきたのかを紹介されています。
都市開発が人々の暮らしに与える影響については、世界各地で議論されており、日本でも東京をはじめとする大都市では、その開発の行方、影響について人々の注目を集めるようになりました。建築の設計活動と並行して、郊外のニュータウン活性化や公共空間再編といったアーバンデザインなどにも取り組んでこられた藤村さんとの対談を通して、ジェントリフィケーションの功罪とそれへの向き合い方、そして計画単位としての集団/空間単位/コミュニティとして多層的に機能するネイバーフッドの可能性を探りました。
1.シアトル:リベラルな市民と資本が変えるまち|内田奈芳美
内田さんはワシントン大学(シアトル)アーバンデザイン&プランニング修士課程を2004年に修了されており、2021年にもシアトル市・ワシントン大学の客員研究員を務められるなど、シアトルという都市の動向を20年間研究してこられました。
▼リベラルな市民と資本の存在
シアトルはアメリカ合衆国の西海岸北西部にある人口約76万人の都市で、アジア圏からのアクセス性の高さも影響して人口の17%がアジア人と、他地域に比べて多くのアジア人が暮らしています。リベラル(左派)な市民が多く暮らすことで知られており、中でもプログレッシブ(急進左派)とも言える“社会活動に積極的に参加する人”が非常に多い地域です。アメリカでは、共和党を赤色・民主党を青色で示すことで知られますが、シアトルは「ブルーシティ」に属し、かつ市民参加に熱心であるという特徴を持っています。一方、地価が上がっても人口流入がとまらない=スーパーシティとも呼ばれ、都市の高級化=ジェントリフィケーションが進行している地域でもあります。リベラルな風土と市民活動×スーパーシティとジェントリフィケーションの二つが共存していることがシアトルを読み解くポイントです。
シアトルと言えば、アマゾン・マイクロソフト・ボーイングなどの企業名が浮かぶ人も少なくないと思いますが、誰もが知る大企業・大資本が集まるまちでもあります。リベラルな風土は、高い教育を受けた人材を呼び込む上でのアピール材料ともなっています。
▼地域やコミュニティのリフレーミングのヒント:ネイバーフッド
シアトルでは、「ネイバーフッド」という枠組みの中で様々な活動を市民が行ってきています。ネイバーフッドは、①自然・地理的条件から生じる物理的な特性から区切られた領域、②コミュニティや住民にとっての価値を象徴するもの、③その場所に特別な雰囲気をもたらす力が集団として作用するエリア、と定義することができます。更に、ウォーカブルエリアや圧縮・集中した開発の場としての「空間フレーム」と、市民の関与基盤・価値を共有し記憶を蓄積する基盤としての「質的フレーム」の2つに分けられると内田さんは考えます。ネイバーフッドという概念を紐解いていくことで日本のコミュニティの在り方にも応用させることができそうです。
▼都市開発の空間フレームとしてのネイバーフッド
シアトル市の「2035 Comprehensive Plan」は2035年までの20年間のビジョンとロードマップを示した総合計画で、2016年から検討が始まり2018年に採択、以降、ほぼ毎年改正が入り、最新版は2023年改正のものとなっています。大きく「1 Citywide Planning」と「2 Neighborhood Plans」の2章に分けられており(3章は付録)、1章内の「Growth Strategy」では図に示す通りネイバーフッド単位での成長戦略を示しています。このネイバーフッドの特性を「Urban Centers」「Hub Urban Villages」「Residential Urban Villages」の3種でカテゴライズしており、アーバンビレッジに開発を集中させる動きは、日本で言えばコンパクトシティ形成に近いと内田さんは捉えています。
内田さんスライドより
City of Seattle, “2035 Comprehensive Plan”p.31
事例①:キャピトルヒル(Urban Center / ウォーカブル+集中した開発)
キャピトルヒルはダウンタウンの北東に位置するまちで、ネイバーフッド計画では商店街や駅に付随するオープンスペースの開発を働きかけています。中心部はウォーカブルにするためのゾーニングを行い、ファーマーズマーケット等を実施しやすくするため段差の少ない“使うため”のプラザを整備していることが特徴的です。日本で言うところの地区計画にあたるオーバーレイゾーニングでは、ファサードの60%以上庇を付ける、60%以上は壁面をウィンドウにするなどと謳われています。雨天が多く歩行空間の庇が重宝されるシアトルならではの生活者に寄り添った計画ですね。
内田さんスライドより
内田さんスライドより
事例②:サウスレイクユニオン
サウスレイクユニオンは資本家の夢が凝縮したネイバーフッド。ダウンタウンの北側、キャピトルヒルの西側に位置します。低未利用地ばかりだったまちがあっという間に開発されてGoogleなどの企業がオフィスを構えたことでも知られています。ダウンタウンから延伸されたライトレールは、地価上昇の期待値に合わせて受益者が資金供出(特別徴収固定資産税の税率:路線に近接する区画は8%、外側の区画は1%)するという仕組みで公民連携で事業化し、維持されています。
内田さんスライドより
内田さんスライドより
事例③:セントラルディストリクト
シアトルでは、ジェントリフィケーションの中で弱体化する文化をどう継承していくかが課題でした。ワシントン湖の西側に位置するセントラルディストリクトでは、不動産開発と文化を掛け合わせて、ネイバーフッドの中で文化を守ろうとする動きが特徴的です。現在は人口の9%ほどまで減少してしまったアフリカ系アメリカ人の記憶を残すために、再開発で整備された建物の外壁に関連したアートピースを設置したりしています。
内田さんスライドより
▼ジェントリフィケーションによる課題
シアトルだけではなくアメリカ全体として高所得者層の流入や不動産への投機が進むことでジェントリフィケーションの動きがあり、特にサウスレイクユニオンはその傾向が大きく出ているそうです。とあるコンドミニアムでは、ほとんどが不動産トラストやLLC(有限責任会社)、企業等により所有され、シアトル市での投票権を持った住人は19%しかいないというデータも出ています。このような状況に対する反発として、都市開発計画を知らせる路上の説明ボードに多くの落書きがされていたりします。こういった動きは、全体として格差が開いてきていることへのフラストレーションを表していると内田さんは考えます。
▼提案型のプロジェクトを支援する「ネイバーフッド・マッチング・ファンド」
「ネイバーフッド・マッチング・ファンド」は、ネイバーフッドの住民が提案するプロジェクト実施のための資金をシアトル市が交付する制度です。1990年代に策定されたネイバーフッドプランには2万人が参加してきました。市民は活動を通して「ネイバーフッドは自分たちの場所だ」という気付きを与えられてきました。そのことがプロジェクトへの参加につながっていったのです。例えばワシントン大学のあるユニバーシティ地区では、プレイグラウンドの改修やコミュニティマーケットの開催など、様々なプロジェクトがこの制度を用いて進められています。
内田さんスライドより
▼「ネイバーフッド」とは、関係のデザイン
冒頭、ネイバーフッドという概念について「地域やコミュニティのリフレーミングを考えるヒントとしてほしい」というメッセージがありましたが、町内会のような定まったエリアに特化した概念ではなく、“自分の場所である”という“関係のデザイン”だと内田さんは考えます。帰属感の要素がコミュニティという存在のリフレーミングにおける重要な要素のようです。ジェントリフィケーションに左右されながらも、リベラルな素地を持ってシアトルが発展した背景には、ウォーカブルなどの住みたくなる環境、カウンターカルチャーなどの多様性、ネイバーフッドの市民力などが下支えしていることが分かりました。
2. ネイバーフッドを動かす|藤村龍至
藤村さんは東京藝術大学にて准教授として教べんを取られながら、アーバンデザインセンター大宮の副センター長も務められ、埼玉を中心にまちづくり活動にも取り組まれています。フィールドとしては、中心市街地と計画市街地が半々くらいで、当初はニュータウンに関する研究をされていました。今回のテーマの中では、主にウォーカブルやコミュニティへの介入に関する項目について、ご自身の経験から紹介頂きました。
▼まちを活かしてまちを動かすには
藤村さんは、台東区での「上野広小路ヒロバ化社会実験」や、神戸市での「ポートアイランド・リボーンプロジェクト」など、まちなかにおける実験的プロジェクトに実行委員長を務め、まちの人達や行政職員と協議しながら公共空間のデザインやマネジメントに取り組んでいます。さいたま市では、都市再生緊急整備地域に指定されている大宮駅周辺地域において、「ストリートインキュベーション」をテーマとして、空間の構造に着目しながら戦略軸を定めて変化を実験したり、データ検証したりといった活動を繰り返しています。大宮の市街地、特に駅周辺では、開発もコミュニティを動かしたくても動かしにくいという課題を抱えながら、追々大きな資本が動いた時には、ジェントリフィケーションにならないよう、いかにネイバーフッドと結びついて計画を進められるかがテーマだと藤村さんは考えています。
藤村さんスライドより
藤村さんスライドより
ある日藤村さんは、アーバンデザインセンターの先駆者である出口敦先生から、「大宮の皆さんはカルチャーをやってますね」と言われました。「その背景には、大宮ローカルの植木屋や古着屋、ダンススクールなどの隠れた集積に着目し、オーナーたちとのネットワークを築きながらストリートに新しいカルチャーを表現してきた」と藤村さん。「公共空間を利活用し実績を積みながら人を育てる」というアプローチが印象的です。
▼ネイバーフッド形成の階層
東京の都心部ではジェントリフィケーションの危機感がある一方で、地方都市においては誰も不動産投資をせず都市再生が動かないといった課題が見られます。愛知県岡崎市の乙川リバーフロント地区では、主要回遊動線である「QURUWA」のハード整備を行うにあたって、沿道の住民を巻き込みながら、沿道エリアごとに分割し利活用社会実験などを通して「沿道経営体」を醸成することで計画を進めていきました。今では地元のマネジメント会議も発足し、地元土地オーナー・地元建築家・自治体職員などで構成された次世代の会なども動き出しています。岡崎市のこの活動は足掛け5年かかったそうですが、初めからコミュニティ形成を狙っていたわけではなく、どちらかと言えば箱モノなどのハード整備がきっかけだったとのこと。
藤村さんスライドより
藤村さんスライドより
▼コミュニティの4層構造
まちを動かすためには「所有・合意・企画・使用」の4階層の役割分担がはっきりすることが大事だと藤村さんは考えます。かつては、地主が土地・建物を所有し、町会で合意して、商店街等が企画し、店が使用するというモデルでしたが、近年は、デベロッパー等が所有し、エリアプラットフォーム等の会議体で合意して、エリマネ事業者等が企画し、出店者等が使用するというモデルに変化してきました。現在の日本では、第二層と第三層が空洞化している地域が多いので、そこを再構築しようとするプロジェクトが多いと藤村さんは感じています。シアトルにおけるネイバーフッドもこの四階層で紐解くことができるでしょうか。
▼日本における世代とまちづくり政策の展開
日本では1980年代に総務省によりNPO法が制定され、2000年代に経済産業省により中心市街地活性化法が制定され、2020年代に国土交通省により都市再生特別措置法が制定され、それらになぞられてまちづくりの政策が進められてきました。「現在の日本では公共空間からまちを動かしていく風潮にあり、リベラルな市民によりまちを動かしていくという思想とは少し違うように思う」と藤村さん。アメリカと日本の社会情勢の違いなども踏まえて議論すべき問いかけを頂き、ディスカッションがスタートします。
藤村さんスライドより
藤村さんスライドより
3.トークセッション/Q&A
コミュニティの4層構造の考え方を受けて、シアトルにおける階層の考え方に関する内田さんのアンサートークからセッションがスタートしました。
▼地域改善に取り組む原動力
シアトルでは、地域に対して意識の高い中間層がネイバーフッドにおける治安維持や環境維持を含めたコミュニティ活動に、非常に丁寧に取り組んできた歴史があるそうです。それは、もちろん共通善に対する貢献としての意識が強くある一方で、自分たちの資産である不動産価値を高めるための動きでもあります。「日本の場合は、不動産価値があまり上がりすぎても困るといった考えを持つ地域・住民も多いように思うが、その辺りはどうか?」と藤村さん。これについては、日本とアメリカの不動産価値の捉え方が影響しているようで、内田さんからは「人生で5回くらい引っ越しをするのが当たり前な文化のアメリカ人にとって、売却のことを考えても自分たちの不動産価値を高めたいということも原動力になるのではないか」との回答がありました。日本においても、近年は住宅の中古市場が拡大する中で、住宅地の地域価値を意識する動きも増えるかもしれません。
また、「アイデンティティポリティクス:自分のアイデンティティをいかに政治の中で実現するか」という思想が広まってきた中で、公共空間や地域での意志表明の活動が活発化したとのこと。若くして高所得者となったIT技術者などが、非常にリベラルな志向を持ったり、熱心に地域改善に活動するというのも、興味深い現象です。
▼市民がネイバーフッドに関与するシステムの変化
1990年代に構築されたネイバーフッドを基盤とした参加のシステムが一部の熱心な白人層による活動になっていることへの懸念から、2016年に市民参加のシステムが大規模に修正されたことについて、藤村さんより、もう少し詳しく教えて欲しいとの投げかけがありました。既存のコミュニティを越えて多様な声をどう取り込むかを考えた時に、一度既存のシステムを修正する必要があるという判断が政治的にされたことに起因するそうです。市民参加は大事ですが、声の大きい同じ人が参加し推し進める傾向が生じてしまうのは、シアトルも日本も同様のようです。
シアトルは2000年以降に急激に人口が増加し、2016年にはネイバーフッドを基盤としたシステムのリセットのタイミングがあり、30年前と現在ではネイバーフッドやコミュニティに関する考え方も異なるそうですが、現在も「ネイバーフッドというものがシアトルの市民参加、都市計画や都市の成長管理の単位となってきたものであることは事実」と内田さんは考えています。
▼地域でイノベーションが起こる要因
シアトルの場合は、大資本と小資本、公と民がバランスよく動くことによってイノベーションが起きているということが分かりました。この点について、「日本の場合、例えば大宮で同じような効果を狙うにしても、スターバックスやアマゾンのようなイノベーションを起こす資本があまりないように思うが、その点はどう考えるか?」と藤村さんから質問がありました。
イノベーションが起きる影響を及ぼす要素としては、多様性・寛容性・偶然性の3つがありますが、内田さんからは、「大資本の立地は確かに偶然性に基づくものだが、地域と言うものを既存のコミュニティに縛られることなくネイバーフッドという形でリフレーミングすることで、多様性や寛容性を軸とした、革新的な試みを受け入れるようなエリアづくりができればイノベーションの可能性が高まるのではないか」との回答がありました。
▼シアトルからの学びを日本の都市へ
最後に藤村さんから内田さんへ「シアトルのネイバーフッドの発展の構図が、住みやすさ、寛容性・多様性、未来を見せることができる若い都市であるという内田さんの見解は興味深い。日本のどういう都市に応用してみたいか?」との質問がありました。寛容性と一言に言っても、世代間ギャップなども影響して一筋縄にはいかないところもありますが、どのように日本の都市に応用できるでしょうか。
内田さんからは、「ネイバーフッドによるリフレーミングとは、例えば町内会もテーマ型だったらもっと関心を持って参加してくれる人が増えるのではないか?というような、既存の枠組みに対する問題提起でもある。仮に既存のコミュニティをリフレーミングするならば、ネイバーフッドのような関係性のデザインを通してコミュニティ形成を実践していきたい」との回答がありました。
▼カルチャーの醸成に必要なコンテンツ
会場からは、「カルチャーの醸成に必要なコンテンツを設定する上で欠かせないものがあれば教えてほしい。」という質問がありました。これについて内田さんからは、場所や空間の重要性について言及され、「文化はジェントリフィケーションの中で最も脆弱な存在の一つで、地域から無くなった後に記憶に頼るには限界があるので、目に見えて存在し続けられるよう空間を提供することが重要である」との回答がありました。シアトルでは、不動産事業者と、そういった課題を一緒に考えるスクールも行われていたそうです。藤村さんからは、日本で百貨店などが文化の中心だった時代と比較して、現在はまちの中で文化を発信できるキープレイヤーに出会うことが重要視されている風潮についてお話がありました。一方、藤村さん自身としては、建築家として、構造的に裏にあるカルチャーを表に出すといった仕掛けを施したいと考えているそうです。
4.ネイバーフッド都市シアトルから学ぶこと
一連のお話を通して、ディスカッションの中でも内田さんがおっしゃっていた「日本のまちづくりにおける既存の枠組みでの合意形成の限界」の解決策として、シアトルのネイバーフッドの考え方が有益であることがよく分かりました。一方、藤村さんがおっしゃるように、そのリフレーミングのためには、これまで日本が歩んできたコミュニティ形成における経過と実態を把握し、どの部分にテコ入れをするべきか地域ごとに特徴を捉えながら見極める必要があることにも気付かされました。
筆者もエリアプラットフォーム等の形成に携わる中で、町会や商店会等の既存コミュニティの限界を感じることもあれば、はたまた今なお活発に取り組む皆さんとの連携の必要性を感じることもあり、一概にリフレーミングできるものではないことは実感します。しかし確かに、個人や団体の関心に合わせてグルーピングしていくことで紐解けるものもあるように感じており、今回のトークセッションを思い出しながら、これからも地域の皆さんとの活動に取り組みたい所存です。
内田さん、藤村さん、これからのコミュニティを考える上でのヒントと日本のまちの実情の視座を提供頂き有難うございました!
文:マネージャー右田