【Field Report】仙台市ビジネスツアー ~仙台市におけるイノベーション推進と、持続可能なまちづくりの取り組み~
2025年11月10日、シティラボ東京(以下、CLT)のパブリックパートナー(以下、PP)である仙台市と企画し、CLTメンバー、仙台市や仙台市関連企業から約30名にご参加いただきました。
今回のツアーでは、仙台市役所の今井さんのコーディネートの元、仙台市役所の本庁舎建て替え事業に関わる取組みのほか、地域での新たな価値創出を目指すリサーチコンプレックス推進に向けた仙台市の取組み、東北大学内に新設された3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(以下、ナノテラス)をはじめとする東北大学の研究拠点、仙台市と東北大学が推進するネイチャーポジティブ実現へのアプローチについてお話をお伺いし、理解を深めました。
▼ 仙台市役所本庁舎建替えについて
はじめに、仙台市役所本庁舎8階に設けられた「工事見学スペース」に集合し、仙台市の新本庁舎建替え事業について、仙台市 財政局 理財部 本庁舎整備室の大山さんにご案内いただきました。
仙台市の本庁舎建替えは、行政施設の建て替え事業では珍しく施設立地を大きく変えない現地建替えで進めており、一部行政機能を現地で可動させながら工事を進めるため、工期を大きく2期に分けて、整備を進めています。
事業の特徴として、隣接する勾当台公園市民広場(都市公園)や周辺道路(市道表小路線や市道国分町三丁目1号線(通称:つなぎ横丁))と一体として利用することを意図した一体的空間づくりによるにぎわい創出のための仕掛けや、これまでも一緒にこの地を盛り上げてきた一番町四丁目商店街(アーケード街)やからの人の流れを「交流の軸」と名付け、道路の舗装面を仕上げ材に相互の統一感を持たせる等の工夫についてご説明いただきました。
① 新庁舎1~2階に大屋根広場を整備し、天候に左右されず一体的利用できる空間整備
②新庁舎1~2階を民間事業者が運営し、収益性のあるイベントも実施可能にする
③近接する民間ビルの建替え事業とも連携し、一番町四丁目商店街や定禅寺通等の商業エリアとのつながりを強化する
また、本庁舎整備を進めるチームでは、新本庁舎開庁後の仙台市職員の業務のあり方に真剣に向き合いながら、職場環境の改善や業務効率、ペーパーレス化など、本庁舎建替えをきっかけに各部署が掲げる施策目標について理解を深め、市役所の組織全体を巻き込んで進めているそうです。
さらに、この事業を通じて旧庁舎が約65年前に建設された際の、当時の市長や職員の”思い”のことも深く掘り下げながら、新本庁舎建設にあたってそのレガシーをどのように残していくか、市民理解を得ながら事業を進めるために、市民見学会の開催や廃材や不用品の利活用なども検討しているとのこと。
仙台市役所本庁舎整備事業の”本気”をひしひしと感じた視察となりました。
現地では大山さんが作成したブックレットも頂き。職員としてだけではない活動に深い仙台愛を感じる
▼ 仙台市にて推進されている、リサーチコンプレックス形成の取り組みについて
つづいて東北大学青葉山キャンパスに移動し、仙台市経済局イノベーション企画課の松原さんより、仙台市のリサーチコンプレックス形成推進についてお話いただきました。仙台市は国内外へのアクセスが良く(東京まで新幹線で約90分!)東北の交通の要衝として、若く多様な人材が集まり、社会起業家の数も増加しています。
リサーチコンプレックス形成は、大学や企業の研究機関・開発部門の活動を融合させ、地域で新たな価値を創出する取り組みです。実現に向け、仙台市では東北大学を中心に研究拠点の整備、産学官連携の基盤づくりを進めており、市内に化学実験などができる施設「ウェットラボ」整備事業や、起業支援やマッチングを行う「仙台スタートアップスタジオ」、後述するナノテラスの利活用支援などを行っています。特にウェットラボは迅速な研究開発を進めたいスタートアップなどの需要が多いそうです。
▽仙台市のリサーチコンプレックスの中心を担う東北大学
次に東北大学共創戦略センター特任教授の山田さんより、大学が取り組む産学共創について伺いました。山田さんは仙台市役所で企業誘致や復興事業に携わった経験を生かし、現在は東北大学で産学官連携の企画・探索を担当しています。東北大学は創立以来、「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を理念とし、教育と研究に加えて、社会との連携を重要とし、研究成果の産業利用や製品化など、新たな社会価値の創造を目指し実学的な教育研究機関として存在感を示しています。
東日本大震災での経験を踏まえ、防災・減災に関した「災害科学」を文理融合で開拓する災害科学国際研究所を設置しました。また、2024年には、これまでに重ねてきた実績を踏まえ、世界の研究者を惹きつける研究環境や全方位の国際化などの目標・戦略が評価され、日本初の「国際卓越研究大学」にも認定されました。
▽青葉山新キャンパス整備とサイエンスパーク構想
仙台市中心部のキャンパスのうち、学内最新の「青葉山新キャンパス」は、2004年に構想を策定して整備が進み、複数の教育・研究拠点の整備とともに、国際混住寮を構えて日本人と留学生が同じ空間で生活をともにできるような工夫がなされています。
青葉山新キャンパス内に面積約4万平方メートルのサイエンスパークゾーンがあり、産学共創のイノベーションの場として整備が始まっています。次世代放射光施設ナノテラスが隣接し、その本格稼働と同時に、2024年4月から「国際放射光イノベーション・スマート研究棟」と「青葉山ユニバース」の2棟の運用がスタートしました。青葉山ユニバースには宇宙環境試験室が整備されているとともに、半導体や材料科学などのスタートアップ企業や民間企業が入居して満室状態とのこと。今後も産学共創推進拠点を整備する予定で、さらなるイノベーション創出を図るため、共創・交流の環境づくりなどを重視した計画が進められています。
▽研究開発のプラットフォーム、コミュニティの形成向けて
東北大学は、共同研究等を行う企業の多様なニーズに応える柔軟な制度として、「共創研究所」制度を2021年にスタートしました。企業ニーズや人材・企業をつなぐプラットフォームの役割が期待され、企業は活動拠点をキャンパス内に設置し、学内の多様かつ分野を超えた研究者や部局にリーチすることが可能な制度で、これまでに46拠点が設置済みです。また、設置企業同士の交流・連携も生まれており、企業からの反応も非常に良いそうです。
三井不動産と連携し運営する「MICHINOOKコミュニティ」は、分野横断的に研究者や企業がつながり、社会課題解決や新たな産業創出のサポートのための会員制コミュニティであり、イベント開催や情報発信を行っています。2025年7月には、「ZERO INSTITUTE」というプロジェクトもスタートし、民間企業がグローバルに活躍する若手研究者を支援するプラットフォームにて、新たな産業創出が期待されます。
▼ナノテラスについて
次の行程では、東北大学青葉山新キャンパスで昨年から稼働を始めたナノテラスを訪問し、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンターを代表機関とする地域パートナー(宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会)が連携して施設設置を担い、共用促進業務を行う公益財団法人高輝度光科学研究センターとも連携して運営会議や総括事務局などを組織して運営されています。(https://nanoterasu.jp/%e7%b5%84%e7%b9%94%e3%83%bb%e9%81%8b%e5%96%b6/)
ナノテラスは放射光施設であり、ナノの世界を可視化するために”放射光”を作り出します。放射光を測定対象の物質に照射し、計測・イメージングを行い物質のナノレベルの構造や表面を測定・解析することで、様々な分野の研究・開発のためのデータを収集します。
施設名のテラスという言葉は英語のteracceかと思いきや「ナノ(nano)レベルの大きさのものを照らす施設」=NanoTerasuというウィットに富む由来を持っています。
ナノテラスでは10本のビームラインを運用しており、うち3本はQSTが整備した共用ビームラインであり、年数回の課題公募方式、原則公開で運用されています。残りの7本は、「コアリション制度」で運用しており、加入金を支払ったコアリションメンバーが成果専有で利用することができます。
また、仙台市ではコアリション加入金を支払い年間2,000時間の利用枠を取得しています。仙台市では、市が持つこの利用枠を産業利用の促進等の目的で、企業等に活用していただく「NanoTerasuシェアリング2000」(https://www.city.sendai.jp/research/risakon/contents/sharing2000.html)という事業を行っています。
2024年からスタートした最新の放射光施設であるナノテラスは、仙台市が進めるリサーチコンプレックスの最先端に位置する施設だと感じ、行政×大学×産業によって造られた非常に先駆的でユニークな場所だと思いました。
▼東北大学ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点・仙台市の取り組みについて
次に向かったのは、東北大学ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点です。
この拠点の概要や大学が推進するネイチャーポジティブ実現に向けたアプローチについて、拠点代表の東北大学 大学院生命科学研究科 近藤さんと、仙台市環境共生課の金久保さんからお話しを伺いました。
東北大学が2025年4月に立ち上げた「ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点(以下、NP拠点)」は、自然環境および生物多様性を2030年までに回復へと向かわせる国際目標の達成に向け、産官学民が連携して取り組むプロジェクトです。従来の自然保護にとどまらず、経済活動と両立させながら進めるため、学内では研究部門と戦略企画部門を両輪とする体制が構築されています。そして、NP拠点と連携している「杜の都ネイチャーポジティブセンター(事務局 仙台市環境共生課)は、専門家と地域の民間企業や市民等が交わり、新たな協働を生む交流拠点機能として重要な役割を果たしています。
▽仙台市の自然環境と生物多様性の特徴
金久保さんからは仙台市の特徴についてお話しがありました。仙台市は豊かな自然資源を有する都市であり、なかでも広瀬川は清流として市民に親しまれながら、地域の生態系を支える重要な自然資源です。仙台市は水質のみならず広瀬川沿いの豊かな自然環境も「清流」の一部であるとして、昭和49年に市独自の条例として「広瀬川の清流を守る条例」を制定し、早期から市民協働のもと自然環境・生物多様性保全に取り組んできました。
また仙台市は、環境省が推進する「30 by 30」にも積極的に取り組み、令和5年度には市有地2ヶ所が自然共生サイトに認定されています。認定取得プロセスには、生物多様性の調査や活動計画づくりが必要となります。仙台市としては、このプロセス自体が地域の生物多様性の維持・回復・創出体制を整えるために大きな意義があり、地域における認定取得を支援しているとのこと。この認定により、活動する人には国からの認定証が付与され、環境保全活動が広がることで市にもPR効果があるとのことです。市は令和6年度から民有地の計画づくりの支援や認定申請の支援を積極的に行い、民間へ広く情報共有する役割も積極的に担っているとのことでした。
▽地域性に基づいた自然再興と地域住民の理解の重要性について
近藤さんからは、NP拠点の実装にあたり、自然資源には地域ごとに独自の価値があり、地域特性における自然環境との関係性のなかで保たれてきたことを理解することが重要だと述べられました。もし宮城県の牡蠣が持続的に採れなくなったらどうなるか。県外の人は他地域の牡蠣を購入できるでしょう、しかし、宮城県民にとって牡蠣は文化や生活に結びついた資源であり、県民としては、「宮城県の牡蠣」という価値を自ら守る必然性が生じます。
地域住民が自然への理解を深めて知識や経験を共有しながら、地域独自の自然との関わり方を主体的に定めていくことが、持続的な自然保護や再生には欠かせないという気づきが共有されました。
加えて、企業にとっても生物多様性に向けた取組みは重要なテーマとなっています。現在TNFDなどを通じた情報開示において、企業が地域と連携し取組みを推進することが重要視されているそうです。地域が明確なビジョンを持っていることは、企業が地域に参画しやすくなるため、住民の自然資源への理解は企業連携の重要なポイントになりえる、とのことでした。
▽NP拠点が取り組む地域の自然再興実現に向けた取り組みとポイント
以上を踏まえ、NP拠点では企業との研究や実証だけでなく、地域・公共領域へと対象を広げ、以下の3点を重視しながらネイチャーポジティブ社会の実現を進めています。
1 「人が入った自然」の推進と再評価
日本の自然は里山のように人の手が加わることで維持されてきました。NP拠点ではこの「日本型自然再生(里山文化)」を国際的な文脈の中で発信することを重視しているそうです。また、環境DNA解析ツール「ANEMONE」を活用し、生態系情報を全国規模で収集・蓄積し、企業や市民に無料公開し、自然を傷つけずに研究を進められる環境づくりにも注力しています。
2 ネイチャーポジティブに取り組む地域の創出と拡大
近藤先生は、自治体・企業・NPOなどと協働し、人・資金・事業が循環する仕組みづくりに取り組み、経済的にも持続可能な地域モデルの構築を目指していきたいとのこと。2025年7月には唐津市と連携協定を締結、加えてどの地域でも取り組みを実装できるよう、実践手順を示した「NP活動の手引き」(2025年11月14日発行)を公開するなど、全国展開に向けたアプローチにも取り組んでいます。
3 ビジネスと人材育成
今後は自然環境データの収集、合意形成、ビジョン策定を担う“ブリッジ人材”の育成が不可欠になります。NP拠点ではキャリアフェスタをはじめ、実践的な学びの場を提供し、NP領域のキャリア形成を推進しています。また、研究とビジネスをつなぐ中間領域(縁側のような空間)の構築を通じ、社会と大学の間に新たな共創空間を生み出す構想も進んでいるとのことでした。
仙台市と東北大学は、豊かな自然環境という地域特性を基盤に、ネイチャーポジティブ実現に向けた先駆的な取り組みを進めています。大学は科学的知見と社会実装を結びつけるハブとして、仙台市と連携しながら行政・企業・市民の協働を促し、地域の自然再興と都市の新たな価値創造を同時に推進していました。
これからの自然再興を進めるうえでは、専門的知見を有する研究機関、地域を巻き込む行政の力、そして取り組みの持続性を支える民間企業など、多様な主体が協働し、共通のビジョンを共有することの重要性を改めて認識する機会となりました。
▼ まとめ
今回の仙台市ビジネスツアーでは、仙台市役所~東北大学青葉山キャンパス~ナノテラス~NP拠点をめぐり、仙台市のリサーチコンプレックスの現在地と未来を体感することができました。
視察を通じて、仙台市の人材や企業、大学、スタートアップなど、主体の関係性を構築・再構築しながら様々な取り組みが進んでいる中で、各視察先で縦横無尽に活躍する人と出会って直接話しを伺えたことが、今回のビジネスツアーでの大きな収穫であり、重要なセレンディピティとして今後の関係発展にも大きな期待を持っています。
▼ これからも続く、シティラボ東京ビジネスツアー!
CLTのビジネスツアーは、同じくパブリックパートナーである宇都宮市との連携をきっかけにスタートした取り組みとなっております。
今後もCLTイベント企画・プロジェクト創出の展開可能性を見据えた、会員様同士のネットワーク形成強化のためにビジネスツアーを企画していきたいと考えています!今後のビジネスツアーもお楽しみに!最後になりますが、本ツアーをコーディネートいただいた仙台市東京事務所の今井さんをはじめ、今回ご案内いただきました皆様、誠に有難うございました!
(ツアーの最後には参加者全員で宮城県の郷土料理「せり鍋」を囲み懇親会を開催、横のつながりや交流が生まれ、大変充実したツアーとなりました。)
(ツアーの最後には参加者全員で宮城県の郷土料理「せり鍋」を囲み懇親会を開催、横のつながりや交流が生まれ、大変充実したツアーとなりました。)
文:コミュニケーター三井・有賀・今井