ESG投資が企業と未来を結ぶ[後編]
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
経営企画部副部長 プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科講師(非常勤)
吉高 まり Mari Yoshitaka
環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の財務インパクトを評価するESG投資が、SDGsの進展を牽引する、企業や自治体がグリーンボンドで調達した資金で環境事業を展開するといった動きも出てきています。シティラボ東京のメンターの一人であり、環境金融の専門家である吉高まりさんに、あるべき未来社会づくりに貢献するESG投資の可能性や、投資家と起業家をつなぐ場としてのシティラボ東京への期待などを語っていただきました。
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写真/鈴木愛子、構成・文/三上美絵
SDGsやグリーンボンドとも密接な関わり
――SDGs(持続可能な開発のための2030アジェンダ)は、ESG投資とどのような関係性にあるのでしょうか。
吉高まり氏(以下、敬称略):2015年に国連サミットで採択されたSDGsには、2030年までに達成すべき貧困や飢餓、環境対策など国際的な課題解決のための17の目標と169のターゲットが設定されています。
私は2018年12月末にポーランドで開催されたCOP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)に参加しましたが、EUの投資家や格付け機関のあいだで、「今後、気候変動やSDGsのようなサスティナブルな視点に基づいた投融資が義務化されるだろう」といった議論もなされていました。
私は、SDGsは企業にとって、様々なステークホルダーとの「コミュニケーションツール」だと思っています。ESG投資で評価対象となる「非財務情報」の本質は、企業が何のために起業し何をめざしているのかという原点と通じるはずです。ですから、企業は社会的な課題であるSDGsへの取り組みを情報開示することで、自らの存在意義を投資家に対してアピールできるわけです。
EUではすでに、サスティナブル投資の政策の中で、「SDGsとパリ協定に関するリスクの開示に対する透明性を持たせる」と明言しています。このため、企業は「自分たちのビジネスがいかにサスティナブルであるか」をアピールする戦略の一つとしてSDGsを捉えています。この点に、ESG投資とSDGsの深い関わりがあるのです。
――ESG投資の浸透とともに、「グリーンボンド」を発行する企業や自治体も出てきました。
吉高:グリーンボンドは、企業や自治体が資金調達のために発行する債券のうち、資金使途を環境問題の解決に貢献する事業(グリーンプロジェクト)に絞ったもので、ESG投資の選択肢の一つとなる金融商品です。2008年に世界銀行が初めてグリーンボンドを発行して以来、ESG投資家に注目され、年々発行高が増えています。というのは、投資家はグリーンボンドを買うことで、ESGを評価して投資をしているとアピールできるからです。
アメリカでは、多くの自治体がインフラの更新のためにグリーンボンドを発行しています。中国も非常に進んでいますし、日本でも最近少しずつ出てきました。都市の強靭化やグリーン化のための資金調達の手法の一つと言えるでしょう。
――東京都も2017年からグリーンボンドを発行していますね。
吉高:私は、日本のESG投資家が外国都市のグリーンボンドを何百億円も買っているという事実を小池百合子都知事に伝え、日本のESG資金が海外へ流出することを防ぐためにも、東京都がグリーンボンドを発行することを勧めました。
今では多くののESG投資家が「東京グリーンボンド」を買っていますし、これまで都債に関心のなかった層からも引き合いがあり、また個人投資家は、グリーンボンドを購入することで、環境改善のプロジェクトに自分も参加している感覚を持てるのだと思います。
ESG投資家は投資対象を長期的に評価してくれるので、例えば災害や経済危機などの要因で一時的に経済がダウンしたからといって、逃げることはありません。その意味で、自治体や企業にとって、ESG投資家を引きつけておくことは非常に重要なのです。
若手起業家と投資家をつなぐ役割を期待
――日本企業では、ESGすなわち気候変動や人権問題、法令違反など新たなリスクに対する対応が遅れているのはなぜなのでしょうか。
吉高:日本企業は法令規則を守る、すなわち、Gの観点で環境、社会問題の対応はきちっとできているのだと思います。私は10年以上、気候変動を始めとする環境問題を解決するためのビジネス上の金融面からのフレームワークづくりに携わってきました。その関係でさまざまな国際会議の出席や、海外現場での経験から言いますと、気候変動など規制にない将来の新たなリスクやビジネス機会に対する肌感覚が、感度が鈍くなっているような気がします。
日本の企業は素晴らしいものを持ちつつも、発信力も強くないし、隠匿の美として、当たり前によいこととして、成長戦略としてストーリーを開示しない。とにかく外界へ対して閉じてしまっている。「オープンイノベーション」という言葉だけは独り歩きしているけれども、実際は「これを公表してしまったら、その後はどうなるのだろう」と不安になり、メンタルがオープンになっていない企業が多いように思うのです。
――若い人たちも同じでしょうか。
吉高:いいえ、私は10年近く慶応大学で環境ビジネスを教えておりますが、ミレニアル世代と呼ばれる人たちは、オープンになってきていると思います。ただ、この世代がビジネスの中核を担う年代になったときに、どうなのか。その芽を潰さないことが大切だと思います。
――その意味で、シティラボ東京は、どのような役割を担うべきでしょうか。
吉高:今の時代は、皆が「誰かの一押し」を待っているように思います。例えば、最近私が企業の若い世代からよく相談を受けるのが、「経営層に話をしてほしい」という依頼です。若い人たちは経営層の方針が出なければ動きにくいし、経営層は方向性を決めるのに、私のような外部の専門家の意見を聞きたい。必要なのは、シナジーを起こす“場”だと思います。
場といっても、スペースだけならすでにいくらでもあります。結局、必要なのは“人”なのです。そういうシナジーを生み出せる人をいかに集めてくるか。単にそのスペースでイベントを開催したり、ワークシェアしたりするだけではシナジーは起こりません。
大学の研究者でありながら、デジタルテクノロジーのベンチャー企業を立ち上げた落合陽一さんのような、日本の未来を託せる人材は他にもまだいるはずです。一方で、今の時代を担うわれわれ世代の中には、そうした若者を支援したい人が少なくありません。SDGsの17番目のゴール、パートナシップでの解決には、既存の枠を超えた、コレクティブ・アクションを起こすエコシステムが必要なのです。
シティラボ東京には、そんな資金の出し手、若手起業家、企業など、新たなサスティナブルな世界に貢献するビジネスを作ろうとするステークホルダーたちをつなぐファシリテーターとしての役割を大いに期待しています!
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◆参考資料
・世界銀行のグリーンボンド発行年
http://www.worldbank.or.jp/debtsecurities/cmd/htm/WorldBankGreenBonds.html
・東京グリーンボンド発行実績
http://www.zaimu.metro.tokyo.jp/bond/tosai_hakkoujouken/gb.html
【吉高まり Profile】
IT企業、投資銀行勤務の後、世銀グループ国際金融公社環境技術部、国内初エコファンド立ち上げに関与。米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。博士(学術)。2000年に現在の三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUMSS)にてクリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げ。国内外における気候変動分野を中心とした環境金融コンサルティング業務に長年従事し、現在はESG投資の領域について調査・アドバイス・講演等を実施。現在、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 経営企画部副部長 プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト、及び三菱UFJ銀行戦略調査部とMUMSS経営企画部兼務。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師(環境ビジネスデザイン論担当)、関西学院大学人間福祉学部非常勤講師、日本UNEP協会理事。環境省中央環境審議会地球環境部会臨時委員(本インタビューは2019年1月に行われました)。