【Event Report】北欧のスマートシティに学ぶ、ウェルビーイングな都市づくり
2022年12月14日、学芸出版社とシティラボ東京の共催でトークイベントを開催しました。12月21日に発行される『北欧のスマートシティ〜テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』の出版記念として、著者の安岡美佳さん(ロスキレ大学准教授。北欧研究所代表)、宗原智策さん(NordicNinja VCマネージングパートナー)の講演、安岡さんと矢野拓洋さん(東京都立大学都市政策科学域 博士課程。IFAS 共同代表)の対談を行うもので、現地・オンライン合わせて90名が参加しました。
1.北欧のスマートシティを構成するスタートアップとエコシステム
冒頭では、3時間前に日本から活動拠点のヘルシンキに戻ったばかりの宗原さんがリモートで登壇、北欧唯一の日系ベンチャーキャピタル(VC)という立場からスタートアップに着目して講演を行ないました。宗原さんは北欧のサバイバル術としてのイノベーションに着目して2019年にNordicNinja VCを設立。今までに投資した20件のうち半分以上は日本のマーケットに参画、3社は企業価値10億ドル以上のユニコーン企業とのことです。
▼スタートアップ王国としての北欧
北欧5国では2020〜21年でユニコーン企業が実に39も登場しています、合計の人口が2,700万人程度ということを考えると凄い密度です。世界経済フォーラムのイノベーションエコシステムでも上位にスウェーデン、デンマーク、フィンランドの3カ国がランクインしています(日本も第9位)。
企業が盛んな背景として、小国で国内市場が小さいゆえに最初からグローバルをターゲットにしていること、福祉国家でセーフティネットが整備されていることなどがあるようです。既にスタートアップは第3世代になり重層化したエコシステムが構築されています。
▼サステナビリティが前提のエコシステム
サステナビリティが重視されているヨーロッパの中でも北欧は「SDGs指数ランキング」や「Green Future指数ランキング」で上位を独占しています。サステナビリティ・テックに関わる投資総額も最も高く、優秀な人材が集まる要因ともなっています。
カーボンニュートラルに関して、EU全体では2050年までの目標を設定していますが、北欧では2035年〜2045年に前倒しする野心的な目標を掲げる国もあり、さらに野心的な目標を掲げる都市もあります。サーキュラーエコノミーも進んでいますし、炭素税も既に30年以上前にフィンランドが導入して各国が続いてきました。
北欧を含めてヨーロッパでは事業が対象社会にもたらした変化を測定するインパクト評価が不可避な状況で、同社でも独自に評価を行っています。
▼スマートシティを構成するスタートアップ
この様な国の規制やロールモデルが都市の設計にも反映されており、北欧のスマートシティではスタートアップの存在感が非常に大きくなっています。
同社でも、MaaSのパイオニア「Whim」を開発・運営するMaaS Global社(フィンランド)、ヨーロッパで最も盛んなE-Scooterシェアリングサービスを展開するVoi社、都市の気候変動対策や効果測定を支援するClimateView社などに投資しています。いずれも都市の設計と深く関わる活動や技術です。
▼スマートシティの根底にある思想
スマートシティではデータやテクノロジーをイメージしがちですが、北欧では人間中心の社会という視点を重視し、ウェルビーイングな生活に必要なテクノロジーはなにか、人間中心のスマートシティに欠けているテクノロジーはなにかという視点から、国や都市とスタートアップが連携しています。主役はテクノロジーではなく、あくまで「人」であるという視点が、北欧から日本に伝えたいことです、と宗原さんは講演を締めました。
2.北欧のスマートシティの特徴、テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり
続いて、著者の安岡さんから、書籍に込めた想いと全体像の紹介を行ないました。本書では様々な事例が紹介されていますが、安岡さんが北欧の都市で見つけた面白いテクノロージの使い方を凝縮したものとなっています。
そもそもは情報学を専攻していた安岡さんですが、2005年に北欧に渡り電子政府の研究を行っていく中で次第にまちづくり×デジタルの領域に関わっていくようになります。北欧ではまちづくりでもスマートシティでも「人間中心」の思想が根底にあります。福祉国家としての北欧諸国はよく知られるところですが、スマートシティや産業育成は「福祉国家だからこそ進めなければいけなかった」そうです。ちょっと意外ですがその答えはどこにあるのでしょう?
▼書籍の全体像
第1章ではスマートシティの背景や経緯、現在のまちづくりとテクノロジーの関係を示しています。市民やビジター、産業のためのウェルビーイング、環境への配慮、民主主義の実践などがキーワードです。北欧のスマートシティは「ムーミン谷」に例えられこともあるそうです。一見のどかな風景なのですが、その背後に4G/5Gネットワークといったインフラやエネルギーマネジメント、スマートペイメントなどのシステムが実装され、安全で住みやすいまちにつながっているという意味合いです。
第2章は電子政府の話、オープン化された電子データが日常生活や産業につながり、スマートシティとしての強さの基盤となっています。2000〜2020年頃にかけて個人番号や電子取引など日常生活に関わる行政手続きでICTインフラをつくりあげてきたからこそ、産業分野でデジタル化が急ピッチで進みつつあります。
第3章では新産業を育成する意義を述べています。福祉国家を維持していくためには税収が必要、それ故に産業を育成する必要性が行政にも民間にも共有されています。特に生活の質や環境に関する産業が重視されており、例えばモビリティ分野では自動車から自転車・歩行者を重視するように道路ネットワークを大胆に転換。また、交通データをそのような都市政策に活用しています。第4章(スタートアップのエコシステム)は、宗原さんのお話もふまえてご覧ください。
第5章では、スマートシティを進めるカギとして、産官学民連携による連携組織や場所、市民が集まる新しいタイプの図書館などを通し、イノベーションが生まれる循環を示しています。「BLOX」のようにまちづくりに関わる人々が集まるハブもあるとのこと。
第6章は本書で一番重視しているところです。北欧の社会づくりの哲学である参加型デザイン、共創、リビングラボなどについて解説します。多様な主体による共創は北欧に昔から根付いているイメージもありますが、実はここ20〜30年で培われてきた仕組みで、本書でも「MUSTメソッド」の様な方法論やリビングラボのマニフェストなどを紹介しています。
▼北欧=幸せ×デジタル×環境配慮×民主主義
北欧は必ずしもユートピアではなく、国や社会をよくするために戦略的に、したたかに動いてきた結果がスマートシティにつながっています。自分たちが幸せになる社会をデザインしながら、社会インフラやまちづくりの思想を培ってきたことを感じてもらえれば嬉しいと思います、と安岡さんが本書に込めた想いを伝え、前半戦が終わりました。
3.トークセッション・Q&A
後半戦は、安岡さんと矢野さんの対談と参加者からのQ&Aで進めていきました。建築設計を通して渡欧した中でデンマークの文化に衝撃を受け、建築の背後にある文化を学ぶために北欧研究所の門を叩いたのが矢野さんと安岡さんとの出会い、今回は都市側からの質問役として安岡さんとの対談が始まりました(下記、対談と質問回答を適宜抜粋・再構成しています)。
Q.北欧の人の基本的なマインドセットで特に印象深いことは?
北欧に住んで驚くのは、まず「あなたは何がしたいの?」と聞かれることです。皆が自分独自の答えを示します。自分が好きなこと、やりたいことを考え続ける延長線上に住みたい都市もあり、スマートシティにつながっていると考えています。
また、チームとして各々の意見がまとまっていく時に、民主主義がすごく根付いていることが分かりました。少数意見もしっかりと「聴く」ことが重要視され、ミーティングのやり方も民主主義に則った原則があります。
このようなマインドセットはどこで学ぶかというより、小さい頃から日々の生活の中で学んでいるのです。
Q.市民や民間、企業が連携する仕組みにはどんなポイントが?
北欧諸国は人口も小さく日本だと地方自治体レベルなので、行政と市民が近いということはやはりあります。逆に、国が小さいので1企業では何も出来ないという認識から周りの力を借りることが必要、それを戦略的に行っていると感じます。
さらに、その戦略をうまく活用する枠組みが社会に用意されています。イノベーションは分野の境に生まれると言われますが、学術的な知見をベースに自然と共創が行われる、少数意見を聴く仕組みになっています。例えばファンドを申請する際、企業は自治体やコミュニティを巻き込む必要がありますし、私が大学に雇用される際は学生も審査官となっていました。この様な仕組みをつくっていくことも重要だと思います。
一方、COVID-19対策のように首相がトップダウンで政策を決定する場面もあります。民主主義は単なる多数決ではありません。あらゆる人の意見を聴く、透明性をもって全国に知らせる段階があった上で決定を行うことがリーダーシップだと感じます。
Q.北欧の社会が変化してきたプロセスから日本が学べることは?
北欧の民主主義を支えるマインドセットも30〜50年かけて変わってきており、その前はやはり「お上」志向だったそうです。現在70〜80代の人が若い時に教育制度が変わりました。スマートシティの背景にも国が20年かけて構築してきた電子政府が大きな役割を果たしています。
日本も30〜50年後を見据えてマイルストーンをつくって進めていくことが正攻法なのかと思います。時間はかかるが、いま始めないと50年後も同じままです。
日本は海外からシステムや手法を導入し、再現することは強いのですが、なぜそれをやる必要があるのかというフィロソフィーが弱いと感じており、それがうまくいかない理由だと感じます。海外の理由と自分たちの現場での理由は同じにはならないので、皆で答えをつくりあげていくプロセスが非常に重要と思います(矢野さん)。
(最後に)本書を通して伝えたいこと
北欧と日本にはどちらも良いところがあり、各々の強みも異なります。北欧内の各国でも特徴があり、例えばデンマークはそこまでテクノロジーは強くないが使うことに長けている、それはやはり「人間」を見ているからなのだと感じます。北欧のフレキシブルさをうまく伝えたいと思っています。
北欧の生活の中で出会った驚きを、最初は表面から咀嚼していくのですが、その後には市民の「マインド」や「仕組み」に行き着きます。それが一番伝えたいことなのですが、伝えるのが難しいことでもあります。色々なものを取り上げつつ、それぞれが繋がっていることを示しながらそこを伝えようとしたのが本書です。
日本のエンジニアは本当に凄いが、アウトプットがうまく社会に伝わらない。技術を人間視点で考えるだけで良いものができていくと思います。皆さんにもぜひ北欧に来て、マインドや仕組みを生で感じていただき、一緒に日本をもり立てていければと思います。
4.北欧のスマートシティに学ぶこと(スタッフ所感)
本書は非常に幅広い内容を取り扱っているのですが、安岡さんのお話にもあったように全てはつながっているという観点が必要なのだと思います。①人間中心主義が基本となって、民主主義マインドが育まれる土壌が培われる共に共創の仕組みが整備されていく。②人の暮らす社会を良くするという観点からサステナビリティやスタートアップの輩出が促進されていく。さらにそれらが③具体的な場として電子政府やスマートシティとして実装されていくといった循環が感じられました。また、これらが一朝一夕にできるのではなく、誠実かつ戦略性を持って「正道」として歩んできた成果であることは、日本でも学ぶべき点が多々あるのではないかと思います。
実はシティラボ東京でも北欧に関連する知見が蓄積されてきました。よろしければ過去のレポートをご覧下さい。また、本日登場の矢野さんはデンマークの教育「フォルケホイスコーレ」の専門家でもあります。次回イベントでは本セッションでも出てきたキーワード「対話」が都市にどう関わっていくか、建築家の西田司さんと話し合います。併せてお楽しみ下さい!