【Event Report】フランスと日本のウォーカブルシティ ~歩きたくなる都市づくりの最前線~
2023年5月10日、「フランスと日本のウォーカブルシティ ~歩きたくなる都市づくりの最前線~」と題して、学芸出版社とシティラボ東京の共催でトークイベントを開催しました。
近年のフランスと日本のウォーカブルシティ実現に向けた動きを捉え、新刊『フランスのウォーカブルシティ』を上梓されたヴァンソン藤井由実さんと、国土交通省都市局で「ストリートデザインガイドライン」の策定、全国の自治体の街路担当者のノウハウを共有する「マチミチ会議」の開催など、人中心の歩きたくなる街路づくりを推進されてこられた今佐和子さんによる講演・トークセッションを行い、現地・オンライン合わせて120名が参加しました。
2020年以降、「15分都市」の実現をめざすパリの街では、自動車が占めていた道路から歩行者と自転車が溢れる通りへと、以前と見違えるような変化が起きているそうです。フランスでは、歩行者空間を増やすだけでなく、自動車交通の抑制、自転車道や公共交通の整備、移動のDXなどによってウォーカブルな街が次々に誕生しています。また日本でも、2020年の改正都市再生特別措置法(通称ウォーカブル推進法!)以降、各地でウォーカブルな取り組みが活発化しています。スピーディかつダイナミックに、ウォーカブルな街を実現するために必要なことは何か、フランスと日本の取り組みから、そのヒントを探っていきましょう!
1.ウォーカブルにまつわる日本の現在地
今さんからは、日本各地の実践から現場での課題など、日本のウォーカブルシティの現在地をご紹介頂きました。5年前にヴァンソンさんに会いにフランスを訪れたことがあり、フランスの公共空間に感銘を受けたという今さん、公共空間の活用をもっと日本でも広めたいというモチベーションで仕事に励んできたそうです。
▼日本のウォーカブルまちづくりの始まり
大都市では、「道路空間の利活用・再構築」として道路を歩行者空間化したり、駅前広場でタクシープールを歩行者空間化する再編が進められていますが、おり、東京駅や丸の内仲通りが有名ですが、地方部ではまだまだ車中心の街という現実があります。そこで国土交通省では、ウォークシフト(都市空間を車中心から人中心へ)を全国的に大きな流れにするべく取り組んできたそうです。
日本のウォーカブルまちづくりが一気に広まったのは令和元年頃。平成30年以前は「街路は通る(通過)するためのもの」であり、「街路が居心地が良い、歩きたくなる」という概念が全然なかったそうですが、国土交通省では「居心地がよく歩きたくなるまちなか」という言葉を合言葉に政策を打ち出し、世に広めようと動いていたそうです。そんな頃に元ニューヨーク市交通局帳のジャネット・サディクカーン氏が来日し「ウォーカブル」という言葉が印象付けられたとのこと。国土交通省では、日本のまちづくりにおいて大都市でも地方都市でも意識する項目として、Walkable(歩きたくなる)、 Eyelevel(まちに開かれた1階)、 Diversity(多様性)、 Open(開かれた空間)の4項目を示しました。(「WE DO!」で覚えましょう!)
出典:今さんの講演スライドより
▼ウォーカブルとは「歩きたくなる」ということ
ウォーカブルは「歩ける・歩きやすい」ではなく、「歩きたくなる」と訳してほしいとのこと。国土交通省が示している「ストリートデザインガイドライン」では、「道は通るためだけではなく、滞在する機能を持っていること」「アクティビティやプレイヤーにも触れていること」が追加されました。また、歩きたくなる道路空間は“使いながら作っていく”ことも重要であることが示されました。このような動きもあいまって、コロナ禍では道路局により道路占用許可基準が緩和されるなど、道路空間の活用が後押しされました。
都市再生特別措置法と道路法が共に改正された令和2年、「ウォーカブル推進区域」が都市再生特別措置法に登場すると共に、道路構造令に滞留と賑わいの空間を位置づけられる「歩行者利便増進道路(通称「ほこみち」)」が新設されました。
▼全国の先進事例
現在、ウォーカブルまちづくりを目指して全国の多くの地域で実証実験や整備が進められています。具体的な事例として、車社会だった栃木県小山市で歩行者空間にテラス席を設置することにより人が多く出歩くようになった事例や、宇都宮で駐車場だらけだった駅前広場がLRTの整備と合わせて歩行者空間化された事例などの紹介がありました。「子供が手を離して自由に歩けるって幸せ!」と今さん。日本の都市空間がどんどん豊かになっていきますね。
▼日本のウォーカブルまちづくり推進における課題
出先機関である地方整備局で2021~2022年に開いていた「マチミチWeb講座」では、日本でウォーカブルまちづくりを進める上で「とにかく大変なのは管理者協議である」という声が多く寄せられたそうです。つまり関係部局との連携が必要であるという課題があり、その解決のためにまずは国からしっかり動いていこうと、関係省庁の支援チームを作ったり、都市局のイベントで道路局に登壇してもらったり、その逆も然りと、縦割り打破に向けて動きを進めているとのこと。「道路管理者の考えを変えて欲しいと言われることがよくあるけれど、国土交通省から牽引していければ …!」と今さんはおっしゃいます。そんな流れのなかで、国土交通省が直接管理する直轄国道自らも、道路空間活用を進める動きがでてきています。千葉市を通る国道375号では国道の地下化に伴い空いた空間を芝生化する社会実験にチャレンジし、デュッセルドルフの道路空間再編を思い起こさせるような風景に今さんは感動したそうです。
出典:今さんの講演スライドより/千葉市を通る国道375号の社会実験
出典:今さんの講演スライドより/デュッセルドルフの道路空間再編
▼検討段階のウォーカブルまちづくりはいよいよ本格整備へ
ウォーカブルという概念を打ち出してから1,2年は、ウォーカブルという単語だけが一人歩きしてしまっていました。専門家の先生や国土交通省が布教活動を続け、理解が深まってきたように感じるとのこと。最近は、駐車場整備の課題にも向き合い、駐車場ガイドラインを更新したそうです。全国各地でウォーカブルまちづくりが検討される今日この頃、「日本もウォーカブル化の方向へどんどん変わっていくフェーズに入っていくと思うので、フランスの勢いに圧倒されずに自信をもって前に進んでいきましょう!」とエールを頂きました。
2. 歩きたくなる都市の最前線、パリ市の事例
ヴァンソン藤井由実さんからは、フランスのウォーカブルシティの実情を多数の事例を交えてご紹介いただきました。
▼フランスの15分都市構想の加速
フランスでは、2016年に都市計画家のCarlos Moreno氏によって「環境、経済活動、社会生活の均衡がとれた、活気のある生活しやすい都市空間」として15分都市が定義されました。そして2020年、アンヌ・イダルゴ現パリ市長が市長選で15分都市について触れたことで改めて注目されます。フランスでは、厳しいロックダウンにより移動範囲が1km圏内に制限されましたが、1km圏内というのはちょうど徒歩15分程度の範囲だったので、15分都市を身近に感じることができたそうです。
出典:ヴァンソンさんの講演スライドより
▼フランスのウォーカブルシティは「モビリティ」がキーワード
Moreno氏は「15分都市発想の原点はモビリティである」と提唱しており、パリ市もまた道路空間の再配分やモビリティ手段の見直しなどを施策としています。日本はウォーカブルという言葉が空間だけの話に留まってしまう傾向にありますが、フランスはモビリティと整合成を持たせて都市空間の再編を進めているのが特徴です。フランスも日本と変わらない車大国ですが、近年では自宅から80Km以内の移動に関しては自動車の利用率が80%程度から63%にまで減っているそうで、過去30年間でLRT等いろいろな交通手段を導入した結果とのこと。パリ首都圏では自動車を使う人は34%しかおらず、2021年の9月からはパリ市内全域の速度制限が時速30kmに設定されました。ここで興味深いのは、「大きな反対があったわけではない」ということ。「最も弱い方、体が悪い方に取っても道路が安全であるため」とパリ市がはっきり示しているのが大きいとヴァンソンさんはおっしゃいます。
▼社会実験ではなくローコストな本整備
パリ市には「呼吸するパリ」というプランがあり、その中で、公共空間の整備については「使いながらつくっていく、ローコストで暫定的なインフラをつくりながら整備していく」試みが示されているそうです。例えば「学校前整備プロジェクト」では、169の小学校前の道路から完全に車を排除して歩行者空間化しているそうですが、一時的な社会実験ではなくて恒常的な整備とのこと。パリ市全体においても、17区を80の小さなエリアに分けて、5年間で順番に歩行者優先化や植栽などの道路整備をしていく計画を策定しているそうです。小さな区画で新しい取り組みにチャレンジしながら少しずつ面を広げていく整備方針は大変参考になりますね。
▼都市政策に携わる多様な世代・性別・バックグラウンドの人材
コロナがあったからとは言え、フランスはたった3年でなぜ変わることができたのでしょうか?ヴァンソンさんは議会と自治体に世代や性別を超えた優秀な人材が揃っていることに着目しています。例えばフランスにも日本の「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」にあたる法律がありますが、フランスの場合は議員のジェンダーバランスを取らないと罰則があるそうです。また、フランスは議員報酬が少ないため兼職が認められているそうで、社会との繋がりを持ちながら政策に関わっている議員がほとんど(専任議員は全国で3.6%のみ)であることも人材の多様性に寄与しているとヴァンソンさんは考えていらっしゃいます。また、政策主体は議会、事業主体は行政、実施主体はデベロッパーや建築家などですが、事業主体と実施主体の間に「マスターアーバニスト」という都市プランナーが入り整合成を保っているという体制も大変興味深いお話でした。
出典:ヴァンソンさんの講演スライドより
▼反対意見が出て当たり前、意見を集めることで合意形成を図るスタイル
フランスの場合は、道路管理も交通管理も自治体が担っており、自治体の都市計画の中に交通が組み込まれています。日本でも都市空間の再編をする際には合意形成が非常に重要ですが、フランスでは法律で市民がどの段階で都市政策に参加できるかが示されているそうです。フランスのある都市で駐車場を歩行者空間に転用した際には、「住民集会→合意形成→技術確認・工事→活性化を24ヶ月程度で行う」と明確に示し、住民とまち歩きをして意見を集めた上で計画に入るなどの工夫がされています。フランスでは歩いている方の安全を最優先するというのが市民のコモンセンスになっています。また、幼少期から環境教育を徹底していることにより、都心で車を手放す方向に合意しやすいことも特徴です。環境教育をしっかり受けた世代が30代・40代になり都市計画策定の第一線に立っていることが、フランスのまちづくりを進めるスピードが非常に早い要因だとヴァンソンさんは考えられています。
3.トークセッション / Q&A
▼合意形成とノイジーマイノリティの対応
今さんから、日本の現状として政策に対するノイジーマイノリティの声が大きいという課題があるが、フランスでは合意形成の際にどのように対応しているのかという質問がありました。日本の合意形成は反対の方にも「納得」してもらえるよう苦労している傾向にあるのに対して、フランスは反対の意見が出ても当然だが、反対意見のどういう点が参考になり、どうすれば妥協点を見出せるかという考え方であることが大きな違いのようです。発想を転換する考え方、とても勉強になりますね。ヴァンソンさんからは、①はっきりとしたビジョンを政策主体側が合意形成の場で示すこと、②政策の効果は数字をあげて具体的に示すこと、③結論ありきのシナリオを作らず意見交換し上手くまとめることの3点が合意形成には大切であるとのお話がありました。
▼ウォーカブルまちづくりの社会実験と持続性
ヴァンソンさんからは、日本のウォーカブルまちづくりの推進において社会実験が多いことについて、持続性はどうなのだろうかという問題提起がありました。今さんからは、フランスは30年前にウォーカブルまちづくりへの転換期が来たのに対して日本は始まったばかりなので、最終的な目標に向かうか過渡期としては社会実験を積み重ねるのでも良いのではないかという回答がありました。具体的な整備に向けた予算を組むにも合意形成が必要で、「ウォーカブルなまちが良い!」という人を増やすために今の社会実験ブームは必要な過程ということですね。
4.歩きたくなる都市づくりの最前線から学ぶこと
フランスでは、現在30-40代になる環境やジェンダーバランスに関心の高い(幼少期から教育を受けた)世代が政策を動かしていることがまちづくりのスピードに影響しているとのお話は大変刺激的でした。レポートを書いている私も30代ですが、日本は教育から既に遅れを取っており世界の流れに気付いたばかりです。政策の中心もまだまだ年配者に集中しています。ウォーカブルまちづくりに限らず、物事を動かしていくには人材のバランスや思想の変化を積み上げて土台を作ることが重要であることに気付かされました。空間整備に関しては日本は社会実験を通して機運を醸成している段階、各地の取り組みを積み上げて日本流の発展をしていきたいですね。