レポート
[Even Report]カーボンニュートラル×まちづくり〜大都市における脱炭素先行地域の挑戦
2024年10月21日、トークセッション「カーボンニュートラル×まちづくり 〜 大都市における脱炭素先行地域の挑戦」を開催、約45名が参加しました。
脱炭素・カーボンニュートラルを進めていくためには、個々の省エネ・再エネも必要ですが、そもそもエネルギーを使わない都市構造や空間、活動やライフスタイルをつくっていくまちづくりも大事です。
日本でも2050年カーボンニュートラルという目標を念頭に、地域特性に応じた温室効果ガス排出の削減、脱炭素ドミノの推進に向けて「脱炭素先行地域」が2020年にスタート、全国で82の提案が選ばれています(2024年9月、第5回選考時点)。
規模や土地利用、自然条件など様々な特性を持つ脱炭素先行地域ですが、本セッションでは、まずは、都心部から郊外部、森林や港湾など多様な地域を併せ持つ「大都市」に着目し、大阪府堺市と栃木県宇都宮市の取り組みを通し、都市計画や気候変動の有識者とともに、ノウハウの交流、新たな可能性を探りました。
▼イントロダクション
脱炭素先行地域では、①2050年カーボンニュートラルに向け、②民生部門の電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロを実現し、③運輸部門や熱利用等も含めてその他のGHG削減についても国の2030年度目標「2013年度比でGHG(温室効果ガス)を46%」との整合を目指すものです。また、その取り組みにおいては、④地元自治体や事務と企業・金融企業が中心となること、⑤地域課題を同時解決し、住民の暮らしの質の向上を実現することとしています。
日本の温室効果ガス排出量は、2013年にピークで約1,450(単位:百万トン・CO2換算)で2022年には約1,150と9年間で約300下がっています。ただし、2030年に「46%削減」を実現するためには、さらに、8年間で340近くを下げる必要があります。また、部門別に見ると、家庭や業務その他からなる「民生部門」は排出量の約3割を締めますが、近年の推移を見ると上下を繰り返しており、明確な下降線をまだ見いだせていません(産業や運輸などの他部門は右肩下がり)。
都市の規模に着目してみると、全国1896地域(※1)のうち、人口が220番目くらいまでの市町村で日本の人口の約半分をカバーすることになります。また、脱炭素先行地域に着目すると、概ね地域の数としては概ね1/3ですが人口や人口密度は10倍前後となっています。大都市が脱炭素を推進するインパクトは大きそうです(※2)。
※1:自治体数は1,718市町村ですが、ここでは人口規模の大きい政令市は「1区=1地域」で換算しています
※2:小規模な自治体では、個性的な取り組みを速やかに進める可能性もあり、別途探っていきたいと思います
▼ケーススタディ1 堺市「堺エネルギー地産地消プロジェクト」
では、具体的な取り組みを見てみましょう。最初のプレゼンターは堺市東京事務所所長の羽田貴史さんです。堺市は大阪府の中南部に位置する人口80万人台の政令指定都市で、臨海部、都心・周辺市街地、内陸部、丘陵部の4つの特性を持つエリアから構成されています。一方、商業や歴史の集積がありながら関空からの来訪者が都心部を素通りしてしまっている現状、1960年代から開発された泉北ニュータウンの老朽化・高齢化への対応といった都市課題もありました。
環境に関する取り組みは全国的にも早く、2009年には環境モデル都市に認定、2021年のゼロカーボンシティ宣言や堺環境戦略の策定において2050年カーボンニュートラルを目指すこととしています。2022年に選考された脱炭素先行地域に関しても、このような都市課題と環境対策の目標が融合したものとなっています。
代表的な取り組みとして、都心・周辺市街地では、次世代都市交通(ART)の導入を行い、公共交通への転換や回遊性の強化を行い都市の魅力を向上させる「SMI(堺・モビリティ・イノベーション)プロジェクト」や公共施設の省エネ・再エネを進めています。
さらに、郊外部の泉北ニュータウンでは、既に小学校跡地を活用したエコモデルタウンを整備しており、今後は公営住宅の建替・集約により発生した余剰地を活用してZEH+以上の住宅を中心としたまちづくりを進める「ゼロエネルギータウン」を整備、若年層も惹きつける新たな価値創造を目指しています。
並行して、市内未利用地等のオフサイトエリアを活用した太陽光発電を進め、オフサイトコーポレートPPAや小売電気事業者を介した再エネ電力の購入などを通し、これらプロジェクトへの再エネ調達を進める計画となっています。『都心の魅力化・回遊性強化×郊外ニュータウンの価値創造』が堺市の特徴と言えるでしょう。
▼ケーススタディ2 宇都宮市「LRT沿線からはじまるゼロカーボンシティ」
続いて、宇都宮市東京オフィス所長の馬場将広さんのプレゼンに移ります。宇都宮市は栃木県の中央部に位置する人口約50万人の中核市で、東京から新幹線で約50分でアクセスできます。農商工の産業もバランスよく、特に製造業は内陸型としてはトップクラスです。一方、市東側の工業団地への渋滞が激しく、渋滞による通勤の長時間化や環境の悪化といった、自動車依存型の都市構造ゆえの問題も抱えていました。
宇都宮市では、目指す街の姿として「スーパースマートシティ」を掲げています。これは、ネットワーク型コンパクトシティという都市構造を土台に、地域共生社会・地域経済循環社会・脱炭素社会の3つの社会を目指すものです。2022年に選考された脱炭素先行地域についても、このような社会像の実現、また、自家用車から公共交通に向けた都市構造への転換を進めていくための取り組みです。
脱炭素先行地域の対象エリアは駅東口から工業団地にかけた15kmほどの範囲。目玉プロジェクトであるLRT「ライトライン」沿線で、公共施設・ショッピングモール・大学・住宅約1,500戸等の脱炭素化を進めています。実は、LRTだけでなく、路線バスの再編やEV化、デマンド交通や電動キックボード・自転車といったラストワンマイル交通、地域エネルギーマネジメントシステムなども含めて脱炭素化を進めています。
また、これらのエネルギーを支えるのが、地域新電力「宇都宮ライトパワー」です。なんと、ライトラインは地域内でつくった再エネ100%で動く国内初の取り組みとのこと。現在はバイオマス発電がメインですが、今後、市内のメガソーラーや民間住宅へのパネル設置などを通して太陽光発電も拡大予定です。
LRTは駅西側への延伸も検討中で、将来的には駅西側のバス再編も行われることで公共交通へのより一層の転換も図っているとのことです。『交通インフラ×コンパクトシティ×脱炭素』が宇都宮市の特徴です。
▼ディスカッション、Q&A
後半では、プレゼンターのお二人に加え、環境政策を都市空間へ落とし込む方策を探っている東京大学都市計画研究室教授の村山顕人さん、カーボンニュートラルに向けた政策転換や横展開の必要性を強く感じている一般社団法人Climate Integrate代表理事の平田仁子さんをコメンテーターにお迎えし、共創まちづくりを推進している東京大学まちづくり研究室教授の小泉秀樹さんのファシリテーションにより、5人でディスカッションを行いました。
▽環境政策と空間政策が融合する「全体像」のためには?
村山さんからは、両市とも、土地利用・交通・水と緑・エネルギーシステムといった各分野のインフラが融合され、分野横断的な共通のビジョンのもとに進んでいるという感想。また、大きなスケールの都市構造の話と個別の地区レベルのつくりこみの両方が必要というコメントがありました。
平田さんからは、両市では既に時間をかけて脱炭素先行地域の素地をつくっていた点に着目、さらに、線的につながる交通は、面的に広がる地域で多様な部門が協働しながら脱炭素を進める上で、重要な役割を持つ取り組みであることに気づいたとの感想でした。また、脱炭素は環境から始まる問題だが、それをテコにして地域が持つ全体的な課題やサービス向上に結びつけていかないと動かないというコメントもありました。
羽田さん、馬場さんからも、堺市のニュータウン再生や宇都宮市のライトラインなどは、環境対策以前に、総合的な交通やまちづくりの観点から必要性が共有されていたプロジェクトであり、環境政策と空間政策が融合するキーとなっていたとの振り返りがありました。
全体像を持ちながら、かつ都市や交通、環境といった分野を横断しつつ政策を進めていくためには自治体内の推進体制も重要です。両市とも、首長による強い思いがあった上で、市長公室や企画部といった総合政策部門が計画を進めていったとのことです。
▽課題解決を促進する特徴的な「ドライバー」は?
続いて、各市の特徴も見ながら「何がカーボンニュートラル×まちづくりを推進させたのか」、登壇者で深堀りしていきました。
宇都宮市では、やはりLRT「ライトライン」がドライバーとなっています。LRTの計画から実現には20年近い時間がかかっていますが、開業目標時期も明確化されており、宇都宮の各エリアをつなぐだけでなく、行政の各部門(複合的な都市課題)をつなぐ背骨的な役割を果たしたようです。今後、沿道の土地利用も自動車型から公共交通型に変わっていくのでしょう。
一方、堺市では、都心もさることながら「ニュータウン」の老朽化が切実な課題となっていました。コンパクトシティでは中心部だけに注目しがちですが、郊外の良質なストックをリニューアルしていく中で進めていく視点も大事です。オールドニュータウンへの対策は全国で共通する課題でもあります。
両市の事例以外にも、近年の猛暑や水害などを考えると、気候変動に対する緩和策と適応策の両面を併せ持ち、自然の多様な機能を社会課題の解決に役立てる「グリーンインフラ」なども、地域課題への対応として重要な視点になりそうです。例えば、名古屋では車道を歩行者空間化するみちまちづくりの中で、緑の導入も進めようとしています。
他方、政策をつくっていく際に、そもそも脱炭素以前に重要な「地域課題」を誰がどのように決めていくのかという根源的な問いもあります。例えば、上田市では「脱炭素をひとまずおいて」議論をしたとのこと。脱炭素の取り組み自体は、実は限られた手段になることも多いようですが、地域の関係者が腹落ちした課題を共有するプロセスが重要で、それがドライバーとして機能するかしないかの分かれ道になるのかもしれません。
▽脱炭素ドミノに向けて実際に「動く」ためには?
今回ケーススタディで取り上げた両市は、全市的な都市構造と具体的な地区で分野横断的に対策を進めていましたが、局所的な対応だけで完結してしまう地域もあるようです。自治体内の中で波及していく、さらに自治体を越えて横展開していく「ドミノ」はどう起こせるのでしょうか?
都市構造レベルでは、「線的なインフラ」がドミノ倒しを繋げていくポイントになりそうです。今回の事例は交通インフラでしたが、緑の軸や河川流域といった自然のインフラも考えられそうです。交通や自然は郊外にあることも多く、都心と郊外を一体的に捉える視点にもつながりそうです。
また、地区レベルでは、個別の建物や個人の行動もさることながら、「地区ぐるみ」で取り組むことも重要になりそうです。ノウハウの共有、移動手段の共有、菜園の共有…多様なシェアの取り組みが人の連鎖となり、地区内でドミノが進んでいく、他地区にも横展開していく、都市的なコレクティブインパクトの可能性が期待されます。
また、最終的には、自治体・住民・事業者が同じ方向を向き活動していくことが重要です。堺市では、市民や企業を行動変容に巻き込んでいくインセンティブやナッジ的な取り組みとしてエコライフポイントも推進しているとのことです。宇都宮市ではLRTの駅西側延伸に加え、先行地域内の住宅1,500戸についてPPA事業による太陽光発電をしっかりと定着させ、その経済的メリットも明らかにしながら市内全域に広げていく展望とのことです。
▼カーボンニュートラル×まちづくり〜大都市における挑戦から学んだこと
今回は、地域課題にしっかり向かい合いつつ、環境政策も早期に取り組んでおり、脱炭素先行地域をきっかけに、空間と環境を結びつけながら政策・事業を推進している大都市の事例を伺いました。都市政策と環境政策が分野横断的に結びつき、都市スケールと地区スケールをバランスよく推進している優良事例であり、「カーボンニュートラル×まちづくり」というテーマを概観するフレームが浮かび上がってきたように思えます。
とはいえ、小さな自治体だからできること、都心部だからこそできることなど、地域によって特徴もあるかもしれません。また、まちづくりに全く同じ条件はありませんが、他の地域から学べることも多いはずです。今後も様々な自治体の事例を伺いながら、脱炭素ドミノを推進するドライバーを探っていきたいと考えています。
文:平井一歩