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【Event Report】まちアグリネクスト!〜持続可能な食農システムをつくる挑戦者たち〜#01 担い手不足に対する新たなアプローチに迫る

2025年6月2日、シティラボ東京にて食と農をテーマにしたイベント「まちアグリネクスト!」を開催いたしました。本イベントでは「農業の担い手不足」という社会的課題を軸に、香川県三豊市から瀬戸内ReFarmingの横山裕一さん、愛知県豊橋市から豊橋市地域イノベーション推進室の桑原裕明さんをお招きし、それぞれの実践談を交えながら食農システムの持続可能な可能性についてお話し頂きました。

1. まちアグリネクスト! とは

本イベントは、都市と地域、生活者と現場をつなぐ「食と農」の関係性を捉え直し、多様な実践者の取り組みを共有するトークイベントです。現在、全国各地で持続可能な食農システムを実現するためのアプローチが生まれています。本企画ではそれぞれの立場で課題に向き合う実践者から、食農分野の現状と課題、未来の食農システムの可能性についてお話する場です。
今回のテーマは「農業の担い手不足」。全国的に就農者の高齢化や若手就農者の減少が進む中で、この課題に対して新たなアプローチを実践している登壇者のお二人にお話を伺いました。
それぞれ異なる立場・地域でありながらも、“農業とまちの接点”の現状そして今後の可能性について多角的に掘り下げる時間となりました。

2. 登壇者の実践現場とアプローチ

▼農業従事者担い手不足の減少と食農の課題について

2024年新規就農者の数は過去最小となり就農者の減少が大きなテーマとして挙げられる中、特に49歳未満の就農者の割合は就農者全体の1割という現状で、若手農家の人口は更に少なくなっています。労働力不足は、どの分野でも抱えている課題となってきましたが、農業という分野においてはどの様な制度や仕組みを活用し、この課題に向き合っているのでしょうか。就農者と行政職員というそれぞれの立場から見えている、農業の現状とこれからの未来についてトークセッションで詳しく伺いました。
資料:農林水産省「農林業センサス」

▼瀬戸内ReFarming 横山裕一さんの実践と想い

低賃金・重労働・不安定な雇用といった課題が複合的に絡み合う農業の世界。横山さんは「地域にとって農業とは何なのか」「農家はまちにとってどんな役割を果たせるのか」という問いを持ち、香川県三豊市仁尾町で耕作放棄地を再生しながら若者や移住者が農業に携われる仕組みを取り入れたシェアハウスの運営を行う、瀬戸内ReFarmingの事業をスタートさせました。耕作放棄地は、三豊市内だけで総面積の約1割にあたる20平方キロメートルにも及び、地域の資源であると同時に「負債」ともなっているのが現状。横山さんは、こうした土地を“リファーム(ReFarm)”し、付加価値をつけて再生させて再活用していくビジネスモデルの実践に取り組んでいます。
現在広まりつつある「半農半X」という働き方は、半分を農業、半分は別の仕事をしながら働くというライフスタイルです。ただし、このX(他の仕事)においては副業として雇用される為の専門性や、リモート勤務の前提が求められることでハードルが高くなるという課題があります。そこで横山さんは、地域に根ざした「半農半ローカル」という新しい枠組みを提案し、Xの部分を地域で用意してあげるという方法を考えました。
枠組みの基盤となるのは「ベーシックインフラ」という考え方。横山さんが運営するシェアハウスの住民は週3日、朝の3時間農業をすれば、家賃/水道光熱費などをReFarmingが支払ってくれます。住まい・仕事・コミュニティという3つの要素を大切にし、農業に関心のある人が安心して地域に滞在・移住できるような環境を用意するのがこのベーシックインフラ制度の魅力です。これまでにこの制度を利用して42人がシェアハウスに滞在し、そのうち7人は三豊市へ移住を決めました。
横山さんは、農業を目的に人を呼ぶのではなく、農業を“入り口”として人がまちに関わる導線をつくることを大切にしています。実際には、東京との二拠点生活をしながら三豊に身を置いている住人や、地域で古着屋を開こうと制度を活用して準備している住人など、多様なローカルとの関わり方が生まれています。
農業とまちづくりの共通点は「“土”づくりが一番大事」と語る横山さん。人が根づくためには、まず“土”となる場所(住まい)が必要です。住まいと近隣の住民や働き口との関係性を丁寧につなぎ合わせることが出来れば自然に地域に根を張っていく。横山さんは「ただ野菜をつくる農家」ではなく、「地域における農業の役割を広げていく存在」として三豊市で挑戦を続けています。

▼豊橋市地域イノベーション推進室の桑原裕明さんの実践と想い

桑原さんは、 “農業専門の部署”ではなく、スタートアップ支援を目的とした部署に属していますが、豊橋市の代表的な産業である農業を活かし、「アグリテックフレンドリーなまち」を目指して多角的に農業の現場や地域課題と向き合っています。プライベートでは、道の駅とよはしのアンバサダーとして活動するほか、趣味でコーヒー屋の手伝いをしているほか、手筒花火の花火師としての顔を持つなど、市役所の枠にとどまらない多様な活動をされています。
豊橋市は、東京や大阪からおおよそ90分という好立地に位置しており、自動車関連の企業が多く集まる愛知県内でも、工業と農業が共存する都市として知られています。実は、全国の中でも農業産出額はトップクラスで、14位にランクインしています。東京都内でも農産物のプロモーション活動を積極的に行っており、農業が地域の重要な産業の柱となっているとのことです。
その中でも、注目すべきは市内の農家が多様性と活力にあふれている点です。豊橋市は野菜の栽培において気候や日照時間などの地理的条件がよく、多品目な農作物が育てられています。また、スタートアップとの実証にも積極的な研究熱心な農家さんも多いのだとか。地域イノベーション推進室では、農家とスタートアップをマッチングする機会として、「豊橋アグリテックミートアップ」という事業を展開しています。事業を通じて、アグリテックに取り組むスタートアップが農家に関わることで生まれるポジティブな効果について丁寧にインプットするよう努めているそうです。また、賞金総額1,000万円のアグリテックコンテストを開催し、資金的なサポートや、実証サポートとして協力農家の紹介やサービス開発のための伴走支援を行っています。
これまでに50社以上のアグリテック企業が豊橋を訪れ、実証開発に関わるプロジェクトとして、コンテスト入賞者による9件の事業が立ち上がりました。例えば、コンパクトでパワフルなうね間の草刈りロボットや、多用途対応可能な自動走行ロボの開発、City Lab Venturesのメンバー「クオンクロップ」と協業し、温室効果ガス削減貢献量を可視化して地産地消を推進する取り組みなどが実施されています。9件のほかにも、農家が抱えるブランディングの課題に対し、食農領域のブランディングに強いスタートアップを紹介し、農産物の価値向上を目指す試みを行うなど、地域外のスタートアップとの連携が活発に行われています。
農業には日本のさまざまな課題が集約されているからこそ、農業分野に多様な業種の企業やスタートアップが参入する意義があり、チャンスがあると桑原さんは話していました。

3. 登壇者クロストーク

▼農業をきっかけに地域に関わるということ

一見すると異なるフィールドで活動しているように見える、桑原さんと横山さん。しかし、お二人の話を聞いていると、その根底には「まちの関係人口を生むための農業」という共通点がありました。横山さんは、地域に関わる手段としての「半農半ローカル」という新しい生き方を提案し、移住希望者に対して農業と地域の仕事を掛け合わせたインフラの提供を進めています。一方で桑原さんは、スタートアップの支援を通じて、豊橋の農業を起点にまちづくりや関係人口の創出に取り組んでいます。 トークの中で、横山さんは自身が農業を始めたばかりの頃、地域では若者が集まっているものの、農業を軸にまちに関わる仕組みがないことにもどかしさを感じたと言います。農業が単なる体験で終わってしまうのではなく、農業を入口としてまちに溶け込める仕組みづくりが重要です。
関係人口を育むきっかけとしての農業のあり方の可能性をReFarmingでは模索しています。
一方で、アグリテックを中心にスタートアップとの連携を進める豊橋市では、テクノロジーに対する農家の心理的ハードルという課題もあるようです。桑原さんは「農家さんにとっては、これまで培ってきたノウハウが十分に活かされないことへの不安もあります。ヒアリングを重ねる中で、まだ馴染みがないこと自体が“まだやれる余地がある”という証にも感じました」と話していました。
農家さんごとに事業規模や課題が異なることを理解し、丁寧に会話を重ねる中でそれぞれの農家に合ったスタートアップとの協業のあり方を考えていく必要がありそうです。
JAも協力的で、AIによる病虫害発生予測の活用など、アグリテックの現場実装が進みつつあるとのことです。AIやロボットが農業界で浸透していく際、テクノロジーに任せられるところと、農家自身が担う部分とのバランスを上手く保っていくことが、農業界全体をアップデートし、“労働力不足”と向き合うヒントになりそうです。

▼「農家を増やす」ではなく、「関わり代を増やす」

トークでは、担い手不足についてもフォーカスを当てて議論を深めました。
横山さんは「人口が減少する中で、農家の数も減っていくのは避けられない。だからこそ、法人という事業形態を持った農家を増やし、安定した雇用の創出と補助制度へのアクセスをし易くすることで農業の持続可能性を高める方が大切だ」と話しました。農家としての生計を立てる仕組み改善に力を入れるよりも、農業への関わり代を丁寧に設計していくことがこれからは重要になってきそうです。
桑原さんからは「すぐに移住や定住に結びつくわけではなくても、切れにくくなる関係性を作っていくことが、結果としてまちづくりになる」と話していました。
お二人が共通して大切にしているのは「地域を好きになってもらう」ことでした。
桑原さんからも「関係人口とはつまり、地域に“好き”を持ってくれる人のことなのだと思う」とコメントがあり、まちとの関係性構築に時間をかけることの重要性を語っていました。
地域に移住・滞在した人たちがいたことで生まれた具体的なプロジェクトや関係地などが、もっと可視化できるようになれば、関係人口がまちにとってどの様な効果をもたらしたかがより分かりやすくなります。地域を好きになってもらった先にどの様な効果がまちに起こるのか、きちんと目を向けていく、データを可視化できるようにすることも重要な視点です。
それぞれの立場から実践を重ねている桑原さんと横山さんのクロストークからはこれからの地域と人の関わり方と、今後のまちと農業の関係性におけるヒントをたくさん頂くことができました。

4. 質疑応答

▼若手新規就農者がうまくいかずに農業を離れてしまうのはなぜか?

横山さんからは、「技能面の課題は確かにあります。特に20代の若者が農業を始めたとしても、生産が思うようにいかずに離れていくことはよくあります」と述べた上で、農業以外のスキルや仕事以外のコミュニティでの地域活動が重要だと話していました。地域活動と農業の業務バランスを個々人がマネジメントしていくことも必要となってきます。
一方で、桑原さんからは「農家さんは本当に忙しいです。畑の広さや作物にもよりますが、日々の作業に追われる中で、未来の農業について考える時間を確保するのは難しいのではと感じることもあります」と、現場の実情を話されました。その上で豊橋市ではスタートアップとの連携が”ゆとりを生み出す”可能性があると考えています。つまり、横山さんでいう”地域での活動や役割”に近い個人活動の部分に農家が時間を割ける様になることも農業を続けていく上での大切なポイントなのかもしれません。

▼アグリテックの成功事例とは?

桑原さんは、「アグリテックに対する期待値をコントロールすることが非常に難しい」と話していました。東京のスタートアップと連携するとなると、どうしても『すごいことが起きるのでは』と期待されてしまうことがあるそうです。でも実際には、成功に至るまでには長い時間がかかり、何度も対話する機会を設けないといけないため、農業者には丁寧に説明するように心がけているといいます。農家さんは目に見える成果をタイムリーに求めるので、丁寧なコミュニケーションが欠かせず、行政が中長期的に関与することがとても重要なのだそうです。
また、導入にかかる費用面についても、スタートアップに対する賞金はありますが、農家さんにとっては人件費や、畑の一部を貸し出すことで得られなくなる利益など、現実的な負担もあります。行政としても手探りの部分が多く、積極的に関わってくれる農家さんの協力的な姿勢に支えられながら模索している過程であることをお話しされていました。現場の農家と行政、スタートアップとの連携における持続的な関係性を維持していくことが重要なため、相互にざっくばらんな意見が言い合える距離感を意識しているそうです。

▼農業や地域に関わる中で、まちづくりへの期待やリスクをどのように見ている?

横山さんは、「ReFarmingの活動を始めた当初は、人がすぐに集まるわけではなかったので、自分で外に出て説明することもありました」と振り返りつつ、「シェアハウスの入居希望は早く集まりましたが、来た人たちが“リファーミングの子”とだけ認識されるのは避けたいと思いました」と話しました。 “個”が地域で信頼され、自立していくことを目指しているそうです。
身の丈資本主義、つまり貨幣よりも信頼をベースにした社会を目指していくことが重要だといいます。
また、桑原さんからも、「豊橋の農業が強いという特徴を生かすことが大切だと思いますが、他地域とのつながりで、自分たちの取り組みを横展開していくことも同時に必要に感じています」と話しました。他の地域にも豊橋市の取り組みを広げていくことで、スタートアップの成長や農業課題の解決につなげていくことができる、と話していました。アグリテックを中心としたスタートアップ支援の取組みが地域の中である程度認知されたかと言われると、まだまだ実感がないのが正直なところだそうです。成果が出るまでは我慢や時間が必要な取り組みであり、持続的に取り組める体制づくり、そして一緒に走ってくれる仲間の存在が非常に大切なのだそうです。
こうしたお二方の新しい取り組みは、人の巻き込み方と経済面の仕組みづくりなどにおいて、地域の特性と文化を理解しながら、持続的な仕組みを作っていくことが重要な視点となってきます。

▼まとめ

本イベントでは、深刻化する農業の担い手不足を切り口に、現場からの多様な実践とアプローチを通じて、農業とまちづくりとの関係性について考えを深めました。登壇者御二方のお話しから見えてきたのは、「農業を目的ではなく、地域に関わる“入口”と捉える視点」や、「農業に多様な関わり方を設計することの重要性」です。地域における世代間交流や、技術導入における初期フェーズにおいて、他領域との連携や関係人口創出によって新たな展望を描き始めています。農業を“まちづくりとの接点”として捉えることが、地域の関係性を広げていく際の大きなヒントになるかもしれません。シティラボの専門領域でもあるまちづくりの視点においても、食農との関係性がまちづくりの可能性を広げるきっかけとなるという点は大きな気づきとなりました。
今後も、食農システムの各分野、様々な立場の実践者のお話しを伺いながら、未来の食農とまちの関係性について考えていきたいと思います。
  改めて登壇者の横山さん、桑原さん、ありがとうございました! 文章:コミュニケーター 今井
トークの後は豊橋と三豊の野菜をつまみにカンパイ!!