【Event Report】場の経営から始める都市再生 ~コンサルタントと建築家のプロジェクト・デザイン~
2025年10月31日、学芸出版社とシティラボ東京の共催イベント「場の経営から始める都市再生 ~コンサルタントと建築家のプロジェクト・デザイン~」を開催しました。本イベントは、書籍『経営戦略としての都市再生』の刊行を記念したもので、著者の後藤太一さんが登壇、ゲストに建築家の馬場正尊さんをお迎えして開催しました。現地・オンライン合計で約82名が参加、盛況なセッションとなりました。
後藤さんは福岡、神山、渋谷、福井(以下、4都市)などでエリアマネジメント(以下、エリマネ)に30年携わってこられました。「場の経営」をミッションに掲げ、個別最適ではなく全体最適を実現するまちづくりの構造改革を目指しています。今回、対談相手としてお招きした馬場さんは、建築設計を本業とされながら公共R不動産といったメディアを運営し、エリアリノベーション、工作的建築、パークナイズといった手法を提唱して、各地で公共空間のリノベーションや都市再生プロジェクトに携わっています。そんなお二人に、まちに変化を起こす場の経営について、自身のプロジェクトから導かれる方法論、お互いのアプローチの比較も交えながらお話頂きました。
1.書籍で伝えたいこと、書ききれなかったこと|後藤太一
後藤さんは、1992年東京大学都市工学科卒業後、鹿島建設株式会社に勤務し、その頃に起こった阪神淡路大震災の復興に携わりました。その後、1997年カリフォルニア大学バークレー校都市地域計画学科を修了し、ポートランド都市圏自治体「メトロ」成長管理局に勤務。関係者がその相互作用や意思決定により、社会規範や制度を形成し、強化し、あるいは再構成していく“地方自治”の本質に触れました。
▼なぜ、出版に至ったのか
2003年以降、後述する日本各地でのエリアマネジメントの構築・推進等に携わっている中で、「(まちづくりのイベントでは)いつも同じ人がキラキラと話している」「静かに何かしたいが、どうすれば良いのか、自分でやって良いのか分からない」と考えている若者の存在に気付いたことが、出版に至るきっかけになりました。若い人たち、地道な人たちからの声に何か応えなければならないという使命感から、誇りを持って一歩踏み出すための「武器と勇気」として、実務の手引書の執筆を決意されたとのこと。
「一隅を照らす:みんな一人一人ができるところで輝いて、みんなが頑張れる状態を作ることが自分の使命だ」と考えた後藤さんのメッセージが本書には詰め込まれています。
▼どういう内容なのか
本書はケーススタディ・フレームワーク・メソドロジーからなる3部構成です。ハウツー本やメソッド本が世の中にたくさんある中で、困った時に立ち返る先が体系立って示されている参照本が少ないと感じていた後藤さんは、メソドロジーについて一番に書きたかったそうですが、「どういう経緯でこんなことを考えられるようになったのかをちゃんと書いたほうが良い」という編集者 宮本さんからのアドバイスもあり、4都市のケーススタディが充実した一冊となりました。また、まちづくりにおいて、戦略・組織・プロジェクトが三位一体であることも後藤さんが本書を通して伝えたい重要なポイントです。
▼Ⅱ部フレームワークより「都市と産業の結合」
《エリアの価値を複合的に捉えなおし生産に貢献》
後藤さんは、“生産に貢献するまちづくりが大事”だと考えています。経済は、「生産・分配・支出」の三面等価の原則が基本ですが、人口も減少している中では、特に生産の部分をまちづくりでも強化し、生産性を左右する“付加価値の向上“を捉え、都市と産業の結合をイメージできるか否かがポイントです。これまでは大規模再開発により不動産価格が上がり、その売上げの一部を不動産会社等を通じてエリアマネジメントに回すというモデルが主流でしたが、建設費の高騰や社会情勢の影響もあり難しくなってきました。本書では触れられていませんが、「これからは、エリアの価値の媒体を不動産と税金以外も含めて複合的に思考していかないといけない」と後藤さんは感じています。みんな何かしらのお金を回して生きており、それぞれの日常のまちの営みとお金の流れをどう繋ぐかを考える事が必要です。
後藤さんスライドより
後藤さんスライドより
《「場の経営」という視点で取り組むエリアマネジメント》
エリマネについて、国土交通省では「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」と定義されていますが、少々分かりにくさも感じます。エリマネという言葉は海外では通じない日本独自の考え方で、海外で使われているエリマネに一番近い言葉としては「Place Management」があります。本書内でも「場の経営」という言葉が出てきますが、「共有された文脈、関係性のある、人々が生活する舞台(場)」において、「経営資源を効率的に活用し、経営上の効果を最適化する(経営)」という考え方が重要です。エリマネの継続には“人材・お金・空間”の3要素の配分を考え、戦略的にプログラムされた活動と経営が必要だと後藤さんは考えています。また、一般社団法人Future Center Alliance Japanが提唱している「フューチャーセンター(仮説を立てる場)」「イノベーションセンター(プロトタイプを試す場)」「リビングラボ(社会実験を行う場)」の3つの場のうち、自分がどの場づくりに取り組んでいるのかをしっかり意識することが重要だそうで、後藤さんもまた、これまでの活動の中で様々な「場」に関わってきました。
後藤さんスライドより
後藤さんスライドより
《経済開発を含む4領域の結合》
アメリカのブルッキングス研究所では、都市の衰退を逆転させるために「経済開発・都市計画・コミュニティ開発・プレイスメイキング」の4つの領域の取組みを「場」によって結合させることが必要と指摘しています。後藤さんは、この4領域をアメーバーのように動き回れることがエリマネにとって重要だと考えます。そのためには、建築学科出身の人々ばかりではなく、多様なバックグラウンドを持った人が集って取り組むことが求められます。日本のエリマネも、これまでの公共空間活用が主軸となっていた状況から、総合的なエリア経営の担い手として機能するよう考え方をシフトチェンジしつつあるようです。国土交通省の「都市の個性の確立と質や価値の向上に関する懇談会」における中間取りまとめでも、公共空間の利活用に留まらない、「共創・支援型エリアマネジメントによる地域経営」というビジョンが示されました。
後藤さんスライドより
後藤さんスライドより
▼Ⅲ部メソドロジー:相互に関係するメソドロジーの4要素
エリマネに取り組むメソドロジー(方法論)として、診断・戦略・組織・プロジェクトがあり、各項目について後藤さんからのメッセージが語られました。
- 診断:診断は全てに先立って行われるべき重要な役割を持ち、話し合いを民主化することにも通じると後藤さんは考えます。まちづくりの議論の場では声の大きい人の意見に寄ってしまいがちですが、データや情報を始めに押さえておくことで方向性を修正しやすくする利点があるようです。
- 戦略:行政だけに都市計画を任せるのではなく、政策は官民でつくるものとして、柔軟に取り組む必要があることが本書内でも示されています。
- 組織:まちづくりやエリマネの組織を法人化するときに、一般社団法人や株式会社など、どのような形態がよいかという相談が後藤さんに持ち込まれることが多いそうですが、これはずばり戦略次第であるとのことです。
- プロジェクト:一つ一つの事業が積み重なった先で産業に繋がるか、地域内循環とともに地域外からもお金を引っ張って来られるかが重要で、そのためには多様な人が関わって各種プロジェクトを進めていくことが重要だそうです。
“戦略を諦めていない”ことが結構珍しいのだと、後藤さんは感じるようになりました。団体立ち上げ・社会実験・プロジェクトメイクなどが各地で取り組まれていますが、本当の意味で行政と「差し」で会話しながら政策に位置付けるということは意外と見過ごされているのかもしれません。後藤さんが戦略を大事にしている背景として、ポートランド都市圏自治体「メトロ」に勤めていた際「地域骨格計画」を作った経験があります。緩いビジョン(上)と地方自治体レベルでの総合計画や地区計画等(下)の間に骨格計画(フレームワークプラン)があり、「上と下に変更があっても真ん中がしっかりしていれば何とかなる」という状況を成り立たせる仕事に後藤さんは従事していました。この可変式計画の作成と運用というもののノウハウを本書内にも残したとのことです。
後藤さんスライドより
▼本を書き終えて考える、3つの問題意識
本を書き終えて後藤さんに芽生えた問題意識が3つあります。
- 理論化:エリマネに理論がないことが致命的である。 アメリカのIDA(International Downtown Association)では、非常に多くのリサーチを重ねたうえで各地の取組みを支援していますが、それに比べて日本ではリサーチが少なすぎるようです。
- 実務化:実務の中で必要なスキルの目安が不明瞭である。 エリマネのような業務に従事できても、その先どのようなスキルを身に着けたら良いのか分からないという声に応えるべく、スキルセットの見える化を進めています。
- 社会化:エリマネという概念の一般への認知が不足している。 この問題は(言葉はプレイスマネジメントですが)アメリカでも問題となっており、IDAから出された「プレイスマネジメント宣言」では、概念の重要性、組織の役割、提供する価値が示されました。
後藤さんスライドより
後藤さんスライドより
「理論化・実務化・社会化の3つを意識しながら、本書を通して、各地のエリマネ実践者たちに武器と勇気を届けていきたい」と後藤さん。後藤さんの出版記念トークは今回が初めてだったそうですが、実はその前にアメリカで本の内容を説明する機会があり、みんなエリマネについて議論したいということが分かったそうです。最後に、これから出版記念で各地を回られる後藤さんより、「各地で頑張っている実務者たちに一石を投じる機会にしたい」とのメッセージがありました。
2.後藤太一を掘り下げる|馬場正尊
馬場さんは、早稲田大学大学院建築学科修了後、博報堂に入社し、2003年Open Aを設立しました。建築設計、都市計画まで幅広く手がけ、ウェブサイト「東京R不動産」「公共R不動産」を共同運営しています。冒頭に、「後藤太一という人の存在・キャラター・これまでの活動を考える事が、次の都市経営・都市戦略立案などの職能・役割を考えることにつながるのではないか」との後藤さんへの想い感じる投げ掛けがありました。お二人の付き合いは30年ほどに及ぶそうです。
▼戦略を諦めない後藤さんと、ビジョンと実践を優先する馬場さん
「戦略を諦めない」という後藤さんの言葉が印象的だったという馬場さんは、プロジェクトのビジョン作成の部分と実践の部分を優先的に取り組み、ビジョン作成からアクションに繋がるまでのプロセスを盛り上げていくスタイルでこれまで活動してきました。後藤さんの話を聞いて、自分はもしかしたら戦略をバサッと飛ばしているのかもしれないと感じたそうですが、後藤さんと馬場さんは補完関係にあるのでしょうか?
馬場さんは昨年、同じく学芸出版社より『パークナイズ 公園化する都市』という本を出されました。都市を公園化させていこうというビジョンを打ち出しつつ、中身は馬場さん自身が携わる都市の公園化に関する実践の書だそうです。戦略については語っていないものの、“デザインとマネジメントの融合”が必要という観点はパークナイズの根幹であり、後藤さんの考えと同じだと馬場さんは考えます。
建築家もデザインだけではなくマネジメントまで責任を取らないと信用されない時代、馬場さんが手掛けられるのは、公園のマネジメントや学校をリノベーションしたホテルなどのマネジメントが中心ですが、エリアマネジメントと似ている部分があり、また、マネジメントを通してデザインの考え方にも変化が生まれることもあるそうです。パークナイズでは設計の話だけでなく、フロー・組織・マネジメントをダイアグラムで整理しており、あらゆるステークホルダーの役割が示されています。そのような情報を翻訳して形にすること自体もマネジメントであり、プロセスもデザインだと馬場さんは考えます。
馬場さんスライドより
馬場さんスライドより
3.ディスカッション
馬場さんからのトークの後半では、たくさんの後藤さんへの質問が繰り出されました。ディスカッションパートを少し前倒しにし、ここからは対談形式で当日のやりとりをご紹介します。
▼街のスケールと立ち位置
(馬場)後藤さんは、都市計画のスキームをポートランドで学びましたが、その後携わった4都市を含め、まちのスケールがバラバラであり、どのような立ち位置でこの違いを渡り歩いているのか、都市にダイブしているのがミステリアスです。更に、都市政策的な話もすれば、近所のおばちゃんとも話もする。ミクロとマクロの往復が上手いことも後藤さんの独特のポイントで、どのように往復しているのかを聞きたいです。
(後藤)コンサルから入って、事務局長になり、アドバイザーになり、コンサルに戻るなど、立ち位置を変えながら渡り歩いているのが実態ですが、結構無邪気に「今この役割をした方が良い」と思ったところにエイっと入ってきており、自分自身については戦略をそこまで考えてないのかもしれません。ただ、福岡で企画官と調整官と広報官の全てを担った時は限界を感じ、自分は調整官が一番向いていると思っています。若い頃から年配の男性とも気兼ねなく話す事ができる性格だったことも特徴かもしれませんね。
(馬場)自分の職能を明確に定義せず各地に入り込んできたということですか?
(後藤)そういう訳でもないですが、どこの地域の人達からも“後藤さん”と認識されてはいると思います。神山町では、コンサルではなく個人としてまちに関わろうという姿勢が認められたきっかけになりました。
(馬場)そんな中でも、やはり調整官としての役割が強かったのでしょうか?
(後藤)経営の話に戻ると、前向きにちょっとずつ進める経営と、ビジョンを描き逆算で戦略的に進める経営を行ったり来たりして調整しているのかもしれません。MBA(経営学修士)とMPP(公共政策修士)のような考え方が頭に入っていることが影響しているように思います。現場は任せつつ、行政や大企業の経営者には、経営の概念を理解した自分が調整に入るという場面は多くありました。
(馬場)その点について、エリマネを司る人に対してメッセージはありますか?
(後藤)人間は合理的な話だけだと動かないので、一人一人を見ているつもりでいます。肩書きで人を見ず、その人はその人なりに考えていると言うことを想像することが大事ではないでしょうか。また、「一隅を照らす」ことを大事にしており、自分にしかできないことをしようと常々思いながら目の前の業務に取り組んできました。
▼フレームワーク
(馬場)自分自身もビジョンと現場を行ったり来たりする中で、間を繋ぐのはフレームワークなのではないかと思っていました。マスタープランが思うように通用しない時代下では、ビジョンづくりや現場はビジョナリーな人に任せ、行政が描くべきはフレームワークなのではないかと考えます。後藤さんは具体的にどのようなフレームワークが必要だと考えていますか?
(後藤)結果的に「あの人だったからできた」という話にしたくないので、誰でもできる再現性が欲しいと考えています。ポートランドで学んだフレームワークプランを福岡など後のまちづくりに応用しています。また、フレームワークは見直し方のルール(何年で改正し、どう意思決定するかなど)があることも利点です。
(馬場)行政は30年前に描いたマスタープランで決まったことを、決まっているからやるしかないと言うことが多く、時間とお金と人々の気持ちを無駄にしていると感じます。フレームワークならば、大きなルールはフレームとして示しつつも、間違いに気付いたら柔軟に変えることができるので、現状のマスタープランにおける矛盾を解きほぐす糸口になるかもしれません。
▼都市計画は最強の経済政策
(馬場)ポートランドの方が言っていたという「都市計画は最強の経済政策である」というこの言葉は名言だと思います。日本では、産業部署と都市計画部署は別々の動きをしていますが、産業部署が都市計画を担えばもっと面白くなると思うのです。ポートランドはどうでしたか?
(後藤)経済活動は空間で規定されるので、土地利用計画に基づき地域経済政策が決まっていきます。日本だと土地の所有権なども影響して土地利用計画が緩いところがありますが、ポートランドではしっかりと区分けされており、例えば経済活動の根幹となる港湾地域での住宅開発は絶対に阻止する心持で業務に取組みます。経済と福祉が対立概念ではないことも日本との違いですね。その上で、例えば福岡では、総合計画・マスタープラン・地区計画・地区整備計画の中で、どこまでをどこで描くのか、法制度の中にどう落とし込むかをクリエイティブに考えており、そのプロセスに関わったことが自分の今を形成していると感じています。
4. 質疑応答
Q1.自分の仕事はソーシャルデザイナーだと後藤さんがおっしゃっていた時期がありましたが、ソーシャルデザインとエリアマネジメントの違いをどう考えているか教えてください。
A1.自分の肩書きをいろんな言葉で表現してきました。 “エリア”とは地理的に境界がある範囲であり、九州も日本もみんなエリアです。エリアマネジメントという言葉を今から変えるムーブメントを起こすつもりはありませんが、ソーシャルならば地理的境界線を完全に超えて動く概念になるため、エリアよりも相応しいと感じます。デザインという言葉は、日本だと形にとらわれる傾向にあるので慎重になっていました。現在は“調整官”を志すようになったので、どちらも自分では使っていません。
Q2.メソドロジーにおいて、観察レベルから、次のビジョンづくりに取り組むにあたってのコツを教えてください。
A2.世界は完璧ではないので、一緒に仕事をする人たちとの共通認識を持つようにしています。「これくらいでよしとしよう」というラインを探るのが合意形成ですが、その判断をするために山ほどのデータ分析を見せ、その後はファシリテーションが重要です。アメリカでは非常に論理的に問われることになりますが、日本は少し違うかもしれません。
5. まとめ
本書への理解も深まりましたが、後藤さんと馬場さんのまちづくりに取り組むアプローチが少しずつ異なることと、一方で、根底には日本のまちづくり・都市計画への共通する強い想いがあることがよく分かったトークセッションでした。シティラボ東京では、先日も国土交通省と共催の「共感都市再生セッション」を開催しましたが、今回のトークの内容と通じるところも多く、やはり丁寧なビジョンづくりとそれに基づく戦略的なアクションとしてのプログラムづくり、またあらゆる価値をどう共有するかが重要だと改めて確認できた気がします。
後藤さん、馬場さん、エリマネを含む都市の経営やビジネスの実務者にとって大変刺激的な議論を展開頂き、有難うございました!
文:マネージャー 右田