レポート
【Event Report】「シン近隣」から2050年のライフスタイルを構想する 〜『ミライ・ハビタット』出版記念セミナー
2026年2月4日、学芸出版社との共催により、「『ミライ・ハビタット』出版記念セミナー〜「シン近隣」から2050年のライフスタイルを構想する」を開催、合計で67名(現地40名、オンライン27名)が参加する盛会となりました。
■「ミライ・ハビタット」とは? 〜人と生物の生息圏をどう立て直すか
まず、都市計画を専門とする小泉秀樹さんより、本書の全体的な概念「ミライ・ハビタット」と、小泉さんが執筆された章「シン近隣」について解説をいただきました。
「ハビタット」とはもともと生物学で「生息圏」という意味を持つ用語です。「都市」ではなく、あえてこの言葉を使ったことにはどんな意味が込められているのでしょうか?
一つは、「様々なスケールで考える」点です。生息圏として考える場合、都市だけでなく農地や森林、海岸などといったエリアも一体で考える必要があるはずです。近隣〜都市圏〜国土(〜地球)といったマルチスケールでの思考が求められますし(なお、日本の都市計画法は対象を「都市計画区域」に限っていますが、世界的にはむしろ少数派とのことです…)。
もう一つは、「多くの分野」で考えることです。情報技術の発展やグローバル化する経済、気候変動や生物多様性の問題など、従来の都市や地域が成立する前提を覆すかような大転換が起きている中、人間の空間だけに限らない暮らしの要素、自然、安全、文化、制度、技術といった視点も含めた一体で、複合化する都市問題への対応や価値観の転換を考える必要があります。
「ミライ・ハビタット」という言葉には、このような思考の変化に向けたメッセージが込められているようです。
■「シン近隣」とは?
本書の第1章で述べられているのが、人々のくらしや生活を支える「まち」としての近隣(ネイバーフッド)のあり方です。
そもそも都市計画は、自由主義や産業革命、民主主義といった「近代」に対するソリューションとして生まれました。自立した都市のあり方(田園都市)や生活圏のあり方(近隣住区)など、18世紀初頭に生まれた計画論がその源流と言えるでしょう。
戦後になると生活圏としての計画論が世界各国で発展していきます。例えば、日本でも駅勢圏の研究や神戸真野地区に代表されるようなコミュニティ単位の計画づくりが行われます。シアトルでは90年代にアーバン・ビレッジ戦略が始まりました。ウォーカブルやアフォーダブル、インクルージョンといった現代にも通じる都市政策はこの時代に既に芽生えていたのですね。
21世紀に入り、住民が日常生活に必要なサービスに徒歩や自転車で気軽にアクセスできる「X-minute City」という考え方が色々な都市で始まります。2009年にはポートランドが20-minute Cityを提唱、2020年のパリ市長選キャンペーンでイダルゴ市長が提唱した15-minyute Cityは、コロナ禍という時勢ともマッチして世界的に有名になりました。
なお、X-minute Cityは都市機能の配置に注目が集まりがちですが、実は、緑化や木質化など自然も重視しています。バルセロナのスーバーブロックでも大街区内の道をウォーカブルにすると共に緑化を加速させており、最近はEixos Verds(緑の軸)と名前も変わっているとのことです。
「シン近隣」も、このような流れの延長線上にありながら、新たにハビタットをとりまく課題に対して、ネイチャーポジティブとソーシャルポジティブの両面から包括的にソリューションとしての「まち」をデザインしていく宣言といえるのではないでしょうか。
■文化・芸術、スポーツが身近にあるハビタット
続いて、第6章を執筆した中島直人さんより、文化・芸術、スポーツの観点からシン近隣との接点を読み解いていただきました。
芸術やスポーツは「個人の趣味」」に過ぎないのでしょうか?例えば、学校では英語や数学などが「主要科目」なのに対して、音楽や体育は「副教科」ですし、文化や運動が中心の「部活動」は課外活動との位置づけです。
一方、日本全体の政策として、21世紀に入り文化芸術振興基本法や文化芸術基本法が制定されるなど「文化芸術立国」の方針が打ち出されています。ビジネスの世界でも、VUCAと呼ばれる不透明な時代への対応として「アートシンキング」という試みが広がっています。
また、学術的な研究でも「文化芸術体験そのものが個人の内省や市民としての行動に影響を与える」という価値が認められ、さらに、一つの求心的施設よりも、「分散的でお互いに連関したハード、ソフトにわたる芸術資産の方が、人々との接点が大きく、結果として都市や地域を変えていく価値を持つ」ということがわかってきました(イギリス芸術・人文学研究会議(2012-2016))。
ここに、文化・芸術と「まち」との接点が見えてきそうです。一つは「パブリックスペース」と文化・芸術がどう結びつくか。もう一つは、多様な立場で暮らす人々が文化・芸術に関わる「エコシステム」をどうつくれるか(※1)。その先に、文化祭や文化施設といった特別な場だけでなく(それらとも連携しながら)、まちの余白に芸術・文化が染み込んでいるシン近隣像が描かれるのではないでしょうか(※2)?
そのような「まち」をつくっていくためには、空間的に機能が混在した「ミクストユース」をベースに新たな関係性をつくっていく「アクティブデザイン」をかけ合わせ、複合的・重層的な「混合」状態をつくっていく方法論が求められそうです。
※1:例えば本書では、音楽の本質は作品ではなく行為であり、演奏することや聴くこと、練習や作曲など、どんな立場でも参加できる「ミュージッキング」という概念を取り上げ、音楽ができる、したくなる「ミュージッキングカブル」な都市の例を掲げています。なお、アートのエコシステムという考え方については、一般財団法人森記念財団編『文化の力、都市の未来』、鹿島出版会、2023年を参照ください。
※2:哲学者のイヴァン・イリッチは『脱学校社会』(1977年)の中で、学習の本質について、事物・規範・仲間・年長者という4つの資源を公衆が容易に利用したり、学んだり教えたりできる新たなネットワークを「機会の網状組織」(opportunity web)と呼んでいるそうです。
■ミライ・ハビタットへ科学技術を実装する
最後のプレゼンテーションです。著者の生田目修志さんはもともと原子力工学を専攻、ガス会社やNEDOなどでの再生可能エネルギー関連のプロジェクトを経て研究会に参画、第8章(科学技術)を執筆されました。
研究会では水素まちづくりに関する構想を研究していましたが、バックキャストで考えようとした際に、みなが望む「未来の姿」とはなんなのか?という壁に突き当たったとのことです。
やはり、先に未来のまちの姿を描き、そこに未来の技術を当てはめていくヒントを探すことが大事…。そこで、小泉さんや中島さんを含む東京大学都市工学科の有識者も加わり「ミライ・ハビタット」の構想が始まったとのことです。そのようなプロセスから生まれた提案が2つ紹介されました。
一つは、「ミライ・ハビタットの暮らしとシニア交通」です。現在でも自動運転や利用者とのマッチングといった技術は存在しているのですが、なかなか実現していません。15-minute cityのようなコンパクトに都市機能が集積している近隣であれば、乗りたい時に乗れる、コスパが良い、社会コストも小さくしたい…といった社会的ニーズを満たせる可能性も高まるとのことです。
もう一つは、「自己治癒する電力グリッド(供給網):Spontaneous Grid」です。従来の電力インフラは不安定な需要に対して如何に安定的に電力を供給するかという前提で発展してきました。一方、今後の再生可能エネルギーの世界では、供給側に太陽光や風力のように変動するエネルギー(VRE)が混ざってきます。そこでは、V2G(EVを電力系統の蓄電池として利用する)、デマンドレスポンス(供給量に応じて需要量を調整する)、プロシューマー(自ら発電・売電も行う需要者)といった新しい技術やプレイヤーが入ってきます。
需要・供給の双方が変動する中で、ICTやAIも活用し、まちぐるみでVREを徹底的に無駄なく活用することで、脱炭素・経済性・電力の安定化を図ることが可能となります。ちなみに現在、EVの台数は全自動車の1%弱、これが10%(800万台)に増加すると、電力の供給能力は12〜24GW、蓄電容量は160GWhに上るとの試算もあります(参考:原子力発電所1基の出力≒1GW)。もちろん、その実現には様々な規制や市場整備、行動変容がセットとなる必要があります。
本書では他にも色々な提案が掲載されていますが、大事なことは「シン近隣」のような実体像をもって、それを科学技術で実現する思考であり、バックキャストとフォアキャストを融合させていくこととも言えるでしょう。
■改めて「シン近隣」を振り返る
後半は各登壇者によるクロストークです。改めて各々の観点から「ミライ・ハビタット」の一つのユニットである「シン近隣」を振り返ってもらいました。
▼発想の起点としてのシン近隣
2050年になっても、人間が生物である以上は変わらない要素や価値観があります。一方、行動様式や科学技術の変化によって変わる要素もあります。その際に、抽象論ではなく、具体的な生活空間として、これらの要素が縫合された像として見えることが、シン近隣の一つの役割でしょう。
例えば、近隣住区の時代は、中心に文化・芸術の場としてコミュニティセンターがあり、周囲に住宅や商業が広がるような構造でしたが、シン近隣ではパブリックスペースをはじめとしたまちの「余白」に活動が広がるようなイメージになります。科学技術に関しても、シニア交通の例のように具体の生活像が提示されることで実態を持った提案ができるようになります。
▼網の目(WEB)的なまちの構造
クロストークでは「網の目(WEB)」というキーワードが何回か出てきました。従来の集中型の空間利用や科学技術とは異なる、自立・分散的な構造がミライ・ハビタットの一つの特徴になりそうです。さらには、リアル空間とサイバー空間が混じり合った「インターバース」的な感覚も含まれるように思えます。
例えば、芸術と技術の関係で言えば、今は既にみんながクラウド上の音楽データをスマホで聞いているような状況です。まちなかでEVをシェアリングしつつV2Gで蓄電するような使い方もWEB的といえるでしょう。エネルギーに関しても、通常時はオフグリッド的に自立・分散しつつ、非常時には協調して助け合えるようなWEB的なネットワークの形が考えられそうです。
メタバースやデジタルツインなども含め、技術がWEB的なまちの活動に寄与できる可能性はまだありそうです。シン近隣では、情報技術で変容した我々の社会・空間認識がリアルな空間に反映されるという、再帰的な流れも視野に入れる必要がありまそうです。
▼寛容性を持つコレクティブな社会へ
一方、WEB的な新しい活動が「まち」に溢れ出ているかというと、まだそのようにはなっていません。例えば、皆がまちなかでイヤホンで音楽を聞いていますが、公共空間でストリートミュージックを自由に楽しめるようになるかというと、却って許されづらい雰囲気になってきているかもしれません。
ある要素については技術的な解決ができるかもしれません。例えば、公共空間で出される音を一定の範囲に抑える技術的なしくみなども考えられます。しかし、より本質的には人々の寛容性をどう育てることができるかという問題かもしれません。
私たちが住みたい暮らしを考え、そのための技術を選択できるようになるためには、各々の専門分野に閉じ籠もるのではなく、そのようなことを統合的に考えることができる人が必要です。人口減少する日本でそれを実現していくためには、本当に必要なものを選択する、「引く(オフする)」イノベーションという視点も求められそうです。
▼シン近隣から都市圏・国土へ
本セッションでは主に近隣レベルにテーマを絞りましたが、最後に、都市圏や国土、その先にある地球まで視野を広げながら、各々の登壇者にコメントをもらいました。
小泉さん|日本では都市圏や国土レベルの政策が脆弱だが、ミライ・ハビタットとしては非常に重要なテーマであり議論が必要。例えば、地方部では未だに郊外ショッピングモールが出店して周辺市町村に大きな影響を与える問題があり、広域での利害を調整するようなしくみが求められる。
中島さん|文化・芸術のエコシステムは既に一都市に完結せず広がっている。また、ミライ・ハビタットやシン近隣は、ベースとなる考え方ではあるが、個々の都市や地域で状況が異なることを忘れないことが大事。歴史や文化は固有性を考える時の重要な手がかりとなる。
生田目さん|科学技術や脱炭素などの問題は全てのスケールに関係する。エネルギー、ゼネコンといった各産業分野、また、まちを歩く生活者など、色々な人が一緒に考えることが大事です。
■セッションを終えて
「ミライ・ハビタット」を考える上で非常に印象的だったのは、ハビタット自体が「ソリューション」であるという捉え方かと感じました。色々な人が使う言葉ですが、各々の専門技術に留まった範囲で使われていることも多く、それゆえに実装がなかなか進まない…という構造があるのではないか。改めて、実社会での「暮らし」のニーズを総合的に把握し、そこに対するパッケージとしてのソリューションを考えることの必要性を感じました。
そのためには、人や生物の「ハビタット」の中で、2050年でも「変わらず大切にすべきもの」、生活や社会の中で「変化していくもの(させたいもの)」を見つめ直す必要があります。その際、人と生物の日常的な生息圏としての「シン近隣」はやはり基本となるスケールであり、その先に都市圏や国土も考えていく必要があります。
そのようなプロセスで再構築されたミライ・ハビタットは、必然的に自立・分散的(WEB的)な特徴を持ち、さらにそれらが連携することで、より望ましい社会につながっていくでしょう。多様な試みと、それを共有する場が求められています。
文:平井一歩