レポート
【Event Report】“スロー”を実感できる場所~Soft Cityをつくる小商い建築たち ~
2022年11月16日、建築家の西田司さんとシティラボ東京がともに企画した連続対談の13回目「”スロー”を実感できる場所~Soft Cityをつくる小商い建築たち~」を開催いたしました。本イベントではこれまでの全12回の対談で見えてきた“スロー”シティの輪郭を、より豊かに描き出すことを目的として対談を進めていきます。ゲストには、20カ国語に翻訳されている書籍『Soft City』著者であり、建築家のディビット・シムさんと、『小商い建築、まちを動かす!』の著者の一人でもあり、株式会社ウミネコアーキ代表取締役の若林拓哉さんをお迎えしました。オンライン・オフラインで約90名が参加しました。
目次
◆ソフトシティ実現のための4つのアイデア ~ディビット・シムさん~
◆小商い建築を3つの視点で考える ~若林拓哉さん~
◆空間の定義づけから生まれる空間利用の多様性 ~クロストーク~
◆“スローを実感できる場所”につながるキーワード
◆ソフトシティ実現のための4つのアイデア ~ディビット・シムさん~
ディビット・シムさん(以下、シムさん)は、日本でも翻訳されている「人間の街」などの著書でもあるヤン・ゲールさんに師事し、様々なスケールの都市を対象に“ソフトシティ”の実現を支援しています。
“ソフトシティ”は訳者の北原さんとの会話の中で生まれた言葉であり、人々や要素をつなげて生活を豊かにしていくことです。ヒューマンスケールでつくられた広場やストリートなどの場所では人々の活動は最適化されます。例えば、低層階の建物が囲む中庭では、車と歩行者が遮断されることで、子どもは自由に遊ぶことができ、親は建物の内部からそれを見守ることができます。そのような場所がたくさんあると、子どもを安心して遊ばせることができ、そこで遊ぶ子どもたちは自発性が育っていきます。子どもに限らず、“ソフトシティ”を目指すことにより気持ちよく歩くことができ、さまざまな人と出会いが生まれ健康や経済活動が向上します。
シムさんは、さまざまな要素や人々をつなげて、都市を活用することで社会課題を解決することができる“ソフトシティ”を目指すための4つのアイデアを紹介します。
①小さく考えること
同じ密度であっても、建物を小さくヒューマンスケールでつくることによって、人々の活動が促進されます。戸建住宅や高層ビルのような極端なスケールの風景だけではなく、その中間のものがつくることが“ソフトシティ”を目指すための鍵となります。
②ゆっくり考えること
ゆっくり考えるとは、時間の使い方を考えることです。車を運転していては気づかないようなことも、自転車や徒歩の移動では気づくことができ、いい匂いのパン屋やコーヒーのお店に気づき立ち止まることで、購買行動や交流が生まれます。また、公共交通を利用する際もバスを待っている時間でゆっくりとコーヒーを飲むことができたり、車窓からおしゃれな服装の人を見つけたりすることができます。ゆっくりとした思考で考えてみることが重要です。
③低く考えること
建物を考えるときに、スタッキング(同じ性質のものの積層)とレイヤリング(全く異なるものの積層)という考え方があります。レイヤリングすることにより、断面方向に全く別々の活動が行われ、多様性が生まれます。さらにグランドレベルはとても重要であり、建物の1階にさまざまな用途を挿入することによって空間の多様性が増幅します。小さな空間でも、自分だけの玄関や庭があれば、暮らしにもまちにも変化が生まれます。1階に住むことは懸念される場合(特に都心では)もありますが、グランドレベルでの空間の工夫があれば25%賃料を上げたとしても住みたい人がいることは証明されています。
④シンプルに考えること
壁を一枚作るだけでも、つくる前と後で全く異なる空間の性質をつくることが可能です。少し大きな規模で考えてみると、中庭を作るだけで子どもを自由に遊ばせることができたり、エネルギーをも効率的にすることができます。中庭の空間が自然豊かになることで、人々は徐々にその空間を使うようになり、その場所を育てていくような共通の認識が生まれていきます。
このような4つを複合的に考えることによって、小さなステップを積み重ねていくことによって、“ソフトシティ”を実現することができます。
◆小商い建築を3つの視点で考える ~若林拓哉さん~
『小商い建築、まちを動かす!』の著者の一人でもある若林さんは、書籍の4つの章を軸に、小商い建築の事例を「不動産」「運営」「建築設計」3つの視点で紹介しました。建築設計の視点だけではなく、不動産、運営の視点からも小商いについてのポイントなどが紹介されているのが本書籍の特徴です。
「小商い建築ができるまで」では、欅の音terraceなどを事例に空間構成や小商いをする人の顔が見えるような工夫を紹介します。また、小商い建築を想定して入居までのプロセスや運営自体を工夫した事例、特徴的な空間を住人たちが偶発的に使うことで小商いを始めた事例もあります。
建築としての空間だけではなく、そこで起こる活動や活動を生み出すきっかけとしての什器などにも焦点を当てており、“ソフトシティ”にもつながる書籍紹介となりました。
◆空間の定義づけから生まれる空間利用の多様性 ~クロストーク~
お二人からの話題提供の後、それぞれ『ソフトシティ』『小商い建築、まちを動かす!』についてのクロストークを行いました。
(西田さん)“ソフトシティ”では<近隣は場所ではない、心の状態である>とあるが、隣の人を想像することは重要であるが忘れがち、想像力を働かせる上で重要なことは何か。
(シムさん)国によって内部と外部を分けるエッジや適切なヒューマンスケールなどに考え方の違いがあります。近づいて会話しづらいこともあるし、何か間にエレメントがあることによってコミュニケーションが取れるようになることもあります。そのエレメントは人を惹きつけることもできるし、離すこともできます。小さなエレメントを使うことで、それらの関係性をつくることができます。
日本人は内気なところもあるので、いきなり空間に多様性を加えるのではなく、ある空間でどのような振る舞いをすればよいのか、空間に定義づけを行い小さなエレメントで補助線を引いてあげることが重要です。空間の性格が明快に異なる方が多様性は生まれやすいのですが、広場のような曖昧な空間でも多様性が生まれるためには、空間を定義づけして、それを利用者が学習し、利用者自身が使い方を選択できるようにすることが重要であると考えます。
他にも、DIYで作る空間と大きな経済力との関係、“ソフトキャピタル”といったテーマについてもクロストークが行われました。
また、会場からは「まちを考えることと社会課題を結びつけていくこと、小さなエレメントの中で人の関係性を作ることについて小商い建築ではどの事例がそれに当てはまるのか」などの質問がありました。
最後に西田さんからは「複業的に小商いを行うなど、空間だけでなく時間的な挿入も日本で“ソフトシティ”を考える際のヒントになるかもしれない」、シムさんからは「シンプルなアクションを積み重ねながら大きな社会問題に対抗していくこと、ただ楽しいからという理由ではなく、大きな社会問題や政治的な問題にどう接続していくかを考えたい」、若林さんからは「より大きなビルディングタイプに小商いが挿入されたときどうなるかを考えていきたい」と言った言葉で締めくくりました。
この日『ソフトシティ』の訳者でもある北原理雄さんにもイベントに参加いただいきました。「小商いの「こ」は「Co」であり、個々では大きな経済に立ち向かうことができないからこそ、協力・協働して連携しどのように組み立てていくのか、そのヒントを聞くことができて勇気をもらった。また、人々との関係を作っていく小さなエレメントにおいて、例えば内外部を仕切るのはカーテンだけでなく、簾や襖のような日本的な回答が考え方ができると面白いのではないか」と感想をいただきました。
◆”スローを実感できる場所”につながるキーワード
“ソフトシティ”や“小商い建築”の考え方に触れることで、”スロー”を実感できる場所をどのようにつくっていくか、都市の中に埋め込んでいくのかについて以下のようなヒントを得ることができました。
①様々な視点から考えていくために年齢、性別、宗教などmixすること
②ハードルを下げて多くの人に参加を促すとともに、連携の可能性を探り大きな経済に立ち向かうこと
③価値観を共有するだけではなく、社会課題(健康、経済活動、気候変動)と結びつけ、都市を解決するための手段として使うこと
“スロー”を実感できる場所を探すトークはまだまだ続きます。次回、来年1月18日に開催予定です。