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【Event Report】パブリックスペース活用のWILL-CAN-MUST 〜『パブリックスペース活用事典』刊行記念

2024年1月11日、「パブリックスペース活用のWILL-CAN-MUST 〜『パブリックスペース活用事典』刊行記念」と題して、学芸出版社とシティラボ東京の共催でトークイベントを開催しました。本書の編著者である泉山塁威さん/宋 俊煥さん/大藪善久さん/矢野拓洋さん/林 匡宏さん/村上早紀子さんに、本書を発行された意図、本書のめざすことなどを、ご自身が取組んでおられるプロジェクトの紹介を交えてお話しいただき、その後本書編集・執筆を通して得られたパブリックスペース活用を俯瞰した視点での各人の気づきを共有いただきながら、パブリックスペース活用におけるWILL(やりたいこと)─CAN(できること)─MUST(求められること)を展望していただきました。現地・オンライン合わせて85名が参加しました。

1. 『パブリックスペース活用事典』の全体像

トークイベント冒頭は、日本大学准教授でありソトノバの共同代表理事も務められている泉山さんより「パブリックスペース活用事典」の全体像について紹介がありました。

▼執筆に至る経緯と本書活用への期待

本書はなんと45名の著者・編著者が関わり完成したもので、パブリックスペース活用の全てを網羅していると共に、パブリックスペース活用の歴史・制度を徹底解説しており、テクニカルなアプローチについてもまとめた一冊です。近年パブリックスペースの活用が盛り上がっているものの、初めてパブリックスペース活用について学び・実践する人にとっては情報過多な時代であり「どこから手をつけて良いか分からない」という状況が見られるため、本書は初学者の実践に使える手引きとして活用されることが期待されるそうです。

▼近年のパブリックスペース活用動向と課題

本書の執筆は、2017年から5年間活動したパブリックスペース活用学研究会(以下、研究会)がきっかけで構想されました。2017年はパブリックスペース活用が注目され始めた時期でしたが、一方で建築と土木によるハード先導という課題もありました。泉山さんの学生時代には「公共空間の活用と賑わいまちづくり」という本で公共空間について勉強していたそうですが、出版から16年が経っており、情報更新の必要性を感じたことも本書執筆のきっかけとなったそうです。近年は制度的な規制緩和が進んでいるものの、管轄が複数の省庁に渡り情報が散発しています。昨今、各種空間整備に伴い社会実験を重ねるプロセスが注目されていますが、社会実験から常設化していく時に制度・ルールが必要になってきます。これらの課題や歴史的な変遷も踏まえ、今のパブリックスペース活用はどの位置にあるのかを整理したことが本書の価値だそうです。

出典:泉山さんの講演スライドより

2. 『パブリックスペース活用事典』の全体像

書籍の編著者5名より自己紹介と本の目指すことをお話しいただきました。

▼宋俊煥さん:これからのパブリックスペースの役割と活用

宋さんは山口大学の准教授であり、設立段階から研究会にてパブリックスペース活用について検討を重ねてきました。公共空間を量的に拡張してきた時代から質的に向上する時代に変わってきていること、私的空間が公的空間化してきていることが近年の特徴であると宋さんは考えます。

公共空間には3つ定義があり、①行政の管轄(所有と管理の観点)、②自由空間(誰でも利用可能な空間・集会)、③都市基盤(都市機能を支持する役割)に分けられます。パブリックスペースの重要性はCOVID19を通して高まっており、テイクアウト・テレワーク・オフィス化などスペースの使われ方は様々に変化しました。

書籍でも紹介しているポートランドでは、パブリックスペースを都市空間全体の構造の中で考えており、7つの指標で評価し得点を付けて「コンプリートネイバーフッド(得点率が70%を満たす地域)」を目指す仕組みが特徴だそうです。この運営をしているネイバーフッドアソシエイションは、住民参加意識を高めるため様々な公共政策にも関わり、市民が公共空間整備の検討に参加できる仕組みを作っています。 公共空間の活用においては社会実験も増えていますが、ビジョンと連動しながら進めていることが重要だと宋さんは考えます。例えば宋さんが4年ほど関わられている広島のカミハチキテルでは、策定した未来ビジョンに基づき、道路空間を“単に通行するだけではなく楽しめる空間”にする実験を重ねています。

出典:宋さんの講演スライドより

宋さんはこれからの公共空間活用においては「多様な使い方にシームレスに変化できる空間づくり」が重要であると考えます。本書においては、政策と制度のバックアップ、空間のスケール・設え・設備、官民連携などについて多くの事例とともに整理しているのでぜひ活用いただきたいとのコメントがありました。

▼大藪善久さん:パブリックスペースの新しい可能性を拓く

大薮さんは、民間のプランナーの立場から、パブリックスペースにまつわる都市計画から社会実験、設計に至るまで一気通貫で取り組んでいます。大薮さんからは冒頭に、本書で目指したこと・考えたことについてのお話がありました。

1つ目は、パブリックスペース活用の歴史と経緯を振り返っていること。研究会では本書出版に向けて、「事例紹介の前に歴史と経緯を紐解き、自分たちはどこから来て、どこへ行くのかが示せる本にしよう」と真剣に議論を重ねたのだそうです。

2つ目に複雑化する仕組みと手段としてのパブリックスペース活用について。「どの制度を使うか」など目先の議論になってしまいがちですが、「なぜパブリックスペース活用をするのか?」と振り返ったときに、都市再生の流れの中で「まちづくりの戦略として何を目指すのか、ツールとしてパブリックスペースをどう活用するのか」に焦点を当てることが大切であり、本書を通して皆さんと議論しなければならないことだと大薮さんは考えています。

3つ目に、パブリックスペースは社会を映す「かがみ」であること。社会の要請の中でパブリックスペース活用は進んでいることを踏まえ、大薮さんご自身のこれまでの取り組みについて社会背景と共に整理してお話いただきました。

出典:大薮さんの講演スライドより
社会はパブリックスペースの“鏡”であり、パブリックスペースは社会の“鑑”であるべきではないかと大薮さんは考えます。“かがみ”はCOVID19でも分かるように自分たちの社会を写しており、逆にパブリックスペースがお手本となりながら社会にインストールしていく相互関係にあるという発想です。また、今後は「何のために」が大切であり、パブリックスペース活用を通して1020年先の日本のまちをどう考えていくかが重要であるとの投げかけがありました。

▼矢野拓洋さん:自治体・事業者・市民間のコミュニケーション

矢野さんは、デンマークの建築事務所で3年ほど働いた経験から、パブリックスペースへの興味を深めました。矢野さんは書籍出版を決定した段階から研究会に参加したため、執筆するにあたり “制度”についてご自身で整理をされたそうです。

日本では下高井戸商店街の空地活用や、世田谷のまちと暮らしのチカラ展など世田谷のまちづくりに関わられており、その経験を踏まえて世田谷の制度と絡めたお話を頂きました。世田谷内、太子堂の「地区街づくり計画」は、修復型街づくりと呼ばれています。地図上に丸く円を描いた場所は建替え等更新するタイミングが来たら広場を整備するなど、少しずつ良好な環境をつくりながら進めていく都市計画だそうです。

特に東京において地縁(コミュニティ)的なつながりが薄くなってしまった環境下で、制度を積み重ねていった結果、誰にも手をつけられないほど複雑なものになってしまった歴史があり、これを饗庭さんの書籍『東京の制度地層』では「制度地層」と呼んでいます。一方、人口が増加した時代に都市計画における法律が整備され、それに伴い制度も蓄積されていった経緯がありますが、近年これを地方分権と規制緩和によって法制度のバランスを取ろうとしている状況が今回の書籍におけるポイントと言えるようです。

矢野さんは「制度は市民・事業者・自治体のコミュニケーションツールである」と考えます。このとき、課題や解決策を明確にすることで、よりその課題を解決するツールとしての制度の使い方が明確になってくるようです。

出典:矢野さんの講演スライドより

▼林匡宏さん:「絵師」想いをつなぎカタチにする

林さんは民間でプレイスメイキングやパブリックスペース活用を行いながら、渋谷区と江別市の行政職員の立場もお持ちです。ご自身のことを「絵師」と名乗っており、参加者と話をしながら絵を描き、描かれたビジョンやアクションを実践していくこと大切にしています。

北谷公園は渋谷区第一号のPark-PFI事業として整備された公園で、林さんが職員や住民と共に対話をしながら絵を描き、その後制度を活用して実現していくような流れで進めたそうです。他にも渋谷区内の公園等整備に伴っては絵を描き実践することを繰り返しており、ただ実践するのではなく文化をつくるくらいの気持ちで取り組むことを大事にしています。

林さんは、未来の担い手である子供と、大人も一緒に探求をする「教育×都市」に可能性を感じており書籍でも触れられています。札幌市では大通公園で、高校生が考えたことを実現する活動を行っており、綱引きをするためだけに車を停めたり、沿道の空き店舗をフリースクールとして活用したりしています。この活動費を捻出するために「プレイスメイキングラボ」という一般社団法人を立ち上げ、現在80社以上が会員として関わっています。企業の大小は関係なく、自分自身が楽しめる活動として高校生から企業人が集い数ヶ月かけてその年の実施内容を考え、パブリックスペースを面白くしていっているそうです。

「都市のシーンを創るのは誰か?」と考えた時に「誰でも」であると林さんは考えます。「『私こんなことやりたいです!』という若者の力はすごく大きく、その発想を『めちゃくちゃ面白いかも!』と思える大人の力も大事。とにかく元気と覚悟が大事であり、そこに手法としての制度が存在する。相手のことをよく聴く力があれば行政も民間もなく、どんどん新しい文化が生まれていくのだろう」とパブリックスペース活用に取り組むリスナーへのエールとも受け取れるメッセージを頂きました。

出典:林さんの講演スライドより

▼村上早紀子さん:パブリックスペース活用のWILL-CAN-MUST

村上さんは福島大学で経済系の学部に席を置かれていますが、専門は都市計画でいます。研究室ではパブリックスペースの活用に関する研究活動も進めており、学生もパブリックスペースへの興味関心が高まっているそうです。村上さんからは、パブリックスペース活用において「活用の一歩が踏み出せない、継続できない、賑わいにつながらない」という課題が少なからず見られることを踏まえ、「活用を広げていくために必要な仕掛けは何か」という観点について福島県須賀川市の事例と共にお話頂きました。

出典:村上さんの講演スライドより

須賀川市では、パブリックスペースの活用に関する様々な取り組みをしており、その一つに須賀川市中心部に位置する翠ヶ丘公園が上げられます。福島県初のPark-PFI事業で整備され、2022年12月にカフェがオープンした際には市内外から200人を超える列ができていたそうです。自動運転の実証実験、利便性向上や賑わい創出を図るだけでなく、周辺エリアへも賑わいや回遊性を広めていこうと試みているとのことでした。同じく須賀川市で8年以上取り組まれているRojima(路地deマーケット)は、毎月第2日曜日に開催されるマーケットです。空き地、道路空間、広場など様々なパブリックスペースを活用して開催されており、実行委員会の他、地元の高校生など多くのボランティアが集まり運営されています。運営にあたり、行政からの補助金は一切受給せずに進めているのも特徴です。また、ロジマの開催エリアにも含まれる広場(街楽のはじめ庭、等躬の庭)は、従来、民間の空地でしたが、都市再生推進法人であるまちづくり会社のテダソチマにより整備され誕生しました。

パブリックスペースの活用は、須賀川の事例でも見られるように、人と人との交流が生まれるなど様々な可能性が感じられます。村上さんからは、その価値をどう未来に繋げていくかも今後着目いく必要があるだろうとの投げかけがありました。

3. カバーイラスト「パブリックスペース曼荼羅」の解説

本書のカバーイラストは編著者であり絵師の林さんが描きました。本書は江戸時代からパブリックスペース活用を紐解いているのが特徴的で、歴史は巡っているのではないかと感じたことから“曼荼羅”を描くことに決めたそうです。この曼荼羅は、左から右に「過去~現在」の軸を置き、上から下へ順に「居住シーン・商業シーン・教育シーン・ワーク・クリエイティブシーン」の4段で構成されています。また、中心には今話題の公共空間種別として「公園・道路・空地・河川」が描かれています。業界人にとってはワクワクが止まらない曼荼羅、いつまでも見ていられます!

出典:林さんの講演スライドより
出典:林さんの講演スライドより

4. テーブルトーク「パブリックスペースのWILL/CAN/MUST」

冒頭に泉山さんより、制度やルールはCan、社会情勢や市民ニーズ、歴史的変遷はMust、やりたいことはWillと整理しており、編著者それぞれにとってのWill/Can/Mustは何かを伺っていきたいとのお話がありました。テーブルトークは対談形式でまとめていきます。

林:WillとMustはすごく難しいと感じています。誰かが“やりたい”という熱量を出さないと物事は動いていかないけれど、制度が絡む場合は誰か一人の意見を実現してしまう訳にいきません。地域の求められることを実現できれば良いですが、求められていることばかりで良いのか?と言う問題もあります。その点、大薮さんはどう考えますか?

大藪:コンサルワークとして自治体から委託を受けることが多いのですが、公募して制度を使ってみたら“やりたい”プレイヤーが誰もいないと言う状況は多くあるように思います。一方、林さんの活動は、まず“やりたい”ことから入っているのが特徴ですね。Willだけでプロジェクトを動かしていくことが都市全体においてどのようなインパクトを持つのかは、ある程度翻訳をできる人がプロジェクトに関わっている必要があり、林さんのような人材は重要だと思います。

宋:大学教授の立場は、やりたいことをやりやすい部分があるように思います。官民の間にいる立場から、制度を使わずにできることも実は色々ありますね。

矢野:「なんでこれやりたいんだっけ?」という問に立ち戻る場面が必要ですね。日本人はHow Toに偏りがちで、本来の目的を見失うことが多いように思います。どうしてやりたいのかを対話しファシリテーションできる人がプロジェクトに関わっているとうまく回っていくのでしょうね。

村上:自身がプロジェクトに取り組む際には、戦略を崩さずに挑んでいきたいという想いがあります。利用者のニーズを反映させることは重要ですが、一方で仕掛ける側は「これだけは崩さない」という戦略を持っていくことが重要だと感じています。

大藪:沼津市では高校生と議論してまちづくりに取り組もうとしています。パークレットを設置した結果を受けて今後どうするかを高校生と一緒に考えており、この場合はCanが先にありWillに進んでいる例ですね。Will/Can/Mustの何からスタートするかは結構重要なテーマだと思います。

林:まだ少数派なのですが、最近は行政職員の若い世代を中心に「まちを変えていきたい」という熱い想いを持ちながらも、ぶつける先がないという状況も見られます。そういう点では、官民連携の事業は何か取り組みたい若手職員の良い教材になっていますね。「仕事面白い!」と思えること、活躍できる場あること、自分が主人公になれることは非常に大事だと思うし、それは必ずしもWillだけではないのだなと最近気付きました。

泉山:高校生や市民の目線では、身近で小さいアクションを起こしていく方が親近感が沸くし参加がしやすいですね。まちの中や全体の政策の中で道路や公園がどのような立ち位置かを捉え戦略を立てることで、ボトムとトップのバランスを取ることが大切だと思います。

5. 会場とのディスカッション

Q:活動には一定のコストが発生し、地域の方からは金銭や金銭以外でもリソースの拠出を求められるため、民間事業者の立場ではWill/Can/Mustの両立が難しいと感じています。営利と公益のバランスはどのように捉えていますか?

A:ボランティアでは回らないのは事実であり、最初の戦略作りとそろばんがとても大事です。20年間同じ社会情勢ではないという課題もあり、可変性も重要です。20年間パブリックスペースを活用するなら、ボランティアと収益を両立させる柔軟さが必要だと思います。民間がお金を出すにあたっては費用対効果が絶対気にするため、最初に話し合うのがとても大事です。(林)

Q:行政担当者はどのように振る舞うと、パブリックスペース活用は上手く回ると感じていますか?行政の立場としてぜひ参考にして実践したいと思います。

A:民間サウンディングは本当にしっかりやる必要があると思います。本音トークの場を行政が開くか開かないかは心意気次第ですが、その質が重要です。(林)

Q:学生時代から公共空間の使い方やアクティビティにフォーカスしていましたが、社会人になってからはパブリックスペースを通じた地域循環や利用者がどうお金を使うかについ考えるようになりました。この点について皆さんの考えを教えて頂きたいです。

A姫路の社会実験では、「公共交通を使っている人の方が社会実験空間でお金を使っている」という調査結果を得ました。いかにお金を使う仕掛けをつくるか、その結果を確認するためにどのように調査をするかが重要だと思っています。(大薮)

A:運営にはお金がかかるため、持続可能性を必ず考えなければなりません。日常的に道路空間を活用する際には出店者が一日どれくらい稼げば満足しているかを確認しています。積み重ねている実験が一つの評価軸になりますね。(宋) A:儲けについては、1週間程度の社会実験の結果では儲けの指標にはならないので注意が必要です。1年くらいは継続する必要があると思います。(泉山)

6. パブリックスペース活用のWill/Can/Mustから学ぶこと

ここ数年のパブリックスペース活用ムーブメントにおいて第一線で活躍しておられる皆さんからのリアルなお話は、今まさに制度(Can)や地域のニーズ(Must)を捉え、プレイヤーの想い(Will)に寄り添いながら試行錯誤しているリスナーの皆さんにとって大いに励みになったように思います。泉山さんからは最後に「パブリックスペース活用事典を多くの人に手に取ってもらい、実践に役立ててほしい」とコメントがありました。本を手に取った皆さんが携わるプロジェクトがこれから先成熟し、パブリックスペース活用の先にある都市規模の良い変化が生まれていくと良いですね。